武満徹作曲賞

2023年度 武満徹作曲賞 ファイナリスト決定(審査員:近藤 譲)

2022.12.5

1997年に始まったオーケストラ作品の作曲コンクール「武満徹作曲賞」は、毎年ただ1人の作曲家が審査にあたります。
25回目(2005年と2006年は休止)となる2023年度(2022年9月30日受付締切)は、108の応募作品から、規定に合致した、31ヶ国(出身国・出身地域)107作品が正式に受理されました。そして2023年度審査員近藤 譲による譜面審査の結果、下記4名がファイナリストに選ばれました。

国籍別応募状況(PDF/133KB)

2023年度審査員 近藤 譲 (日本) Jo Kondo (Japan)
©Jörgen Axelvall

この4名の作品は2023年5月28日[日]の本選演奏会にて上演され、受賞作が決定されます。
なお、譜面審査に際しては、作曲者名等の情報は伏せ、作品タイトルのみ記載されたスコアを使用しました。

ファイナリスト(エントリー順)

ギジェルモ・コボ・ガルシア(スペイン) Guillermo Cobo Garcia

[作品名]

Yabal-al-Tay

Yabal-al-Tay for symphonic orchestra

1991年、ハエン生まれ。10歳より音楽の勉強を始め、2009年ハエン大学音楽教育学部へ入学。2011年奨学金を得てキーン大学(米国ニュージャージー州)に半年間留学し、初めての作曲のレッスンをジョセフ・トゥリンから受けた。2012年にスペインに帰国後、音楽教育学の学位を取得。翌年、アラゴン音楽院(スペイン)に入学し、作曲をホセ・マリア・サンチェス=ベルドゥ、フアン・ホセ・エスラバの元で学び、2017年に作曲の学位を取得。同年、ライプツィヒ音楽大学に入学し、作曲をファビアン・レヴィに師事。2018年にエラスムス・プラスの奨学金を得て、ミラノ音楽院で1年間、カブリエレ・マンカに師事。2020年に修士課程を修了後、現在はグラナダ大学博士課程にてペドロ・オルドネス・エスラバの指導のもと、フランシスコ・ゲレーロ・マリンの音楽に関する研究を行う一方、ソリア音楽院(スペイン)で音楽理論、和声、楽曲分析を教えている。
https://guillermo-cobo.com

©Sonia Neisha

マイケル・タプリン(イギリス) Michael Taplin

[作品名]

Selvedge

Selvedge for full orchestra

1991年、ロンドン生まれ。オーケストラ、大編成のアンサンブル、室内楽の作曲家。フィルハーモニア管弦楽団やロンドン交響楽団など、英国を代表するオーケストラやアンサンブルによって作品が演奏されている。主な最近作は、ロイヤル・フィルハーモニー協会から委嘱された《Lambent Fires》、ファビアン・ガベル指揮ロンドン響で初演され、批評家から絶賛された《Ebbing Tides》があげられる。同曲は、LSOパヌフニック・レガシーズ・シリーズの第3弾として、2020年LSOライブレーベルからリリースされた。ジュネーヴのフェスティバル・アルシペル、バンクーバーの2017 ISCM World Music Days、最近ではガウデアムス国際音楽週間2019などの権威ある国際音楽祭で演奏され、英国外でも広く取り上げられている。また、スイスのラジオEspace 2、BBC Radio 3でも作品が放送された。
http://www.michaeltaplincomposer.co.uk

©Rémi Rière

山邊光二(日本) Koji Yamabe

[作品名]

Underscore

Underscore for orchestra

1990年、群馬県前橋市生まれ。国立音楽大学卒業、同大学院音楽研究科作曲専攻修士課程を首席で修了。作曲を森垣桂一、渡辺俊哉の両氏に師事。第26回奏楽堂日本歌曲コンクール(作曲部門)入選。第11回JFC作曲賞入選。日本作曲家協議会会員。
https://www.koji-yamabe.com

ユーヘン・チェン(中国) Yuheng Chen

[作品名]

tracé / trait

tracé / trait für Orchester

1998年、済南市生まれ、2014年よりウィーン在住。ウィーン音楽・舞台芸術大学にて、カールハインツ・エッスル、ミカエル・ジャレルの各氏に師事。シャルフェルト・アンサンブル、アンサンブル・ヴィア・ノヴァ、アンサンブル・プラティプス、ヴォーカルアンサンブル・カンパニー・オブ・ミュージック等と活動。2019年ウィーン・モデルンにおいて作品が演奏される。2022年オーストリア放送協会主催のÖ1 TALENTEBÖRSE作曲コンクールのファイナリストに選出される。同年、ホルヘ・サンチェス=チョン、望月京、オルガ・ノイヴィルト、イン・ワンなどの作曲セミナーやワークショップに参加。
https://yuhengchen.com

「2023年度武満徹作曲賞 譜面審査を終えて」  審査員:近藤 譲

【総評】

音楽作品の価値判断に明確な基準など無い。だから、作曲コンクールでの審査は、たとえどれほど公正を重んじて為されたとしても、何かしら偏向し、主観的になることを免れ得ない。況してや、一人だけで審査をするのであれば、なおのことである。更に、現代の芸術音楽世界にあっては、互に美学的立脚点を異にするいくつもの非常に異なった音楽様式が併存し、それらの比較を可能にする共通の土俵が、そもそも存在しない。こうした状況の中で、私にできることは、同時代を共に生きる作曲家の一人として、私が興味を惹かれた作品を選ぶということ以外にはなかった。下記に示す私の作品選択が、現代の音楽文化の文脈において何らかの意義をもつものであるかどうかは、聴衆の判断に委ねられている。その意味で、私は審査する側であると同時に、審査される側でもある。
107曲に及ぶ応募作品の中で、私が何らかの点で惹かれたのは、12曲ほどであった。私はそれらに、それぞれに異なる美点(つまり、興味の対象)を見出すことができたのだが、残念なことに、どの作品においても、現代の芸術音楽の作曲に纏わる慣例的な(常識的な)概念やメティエへの配慮が、その美点を曇らせ、屢々覆い隠してしまってさえいるようにも感じられた。私は、図らずも、今日の作曲技法の因習が若い作曲家たちに及ぼしている頑強な圧力を目の当たりにすることになって、愕然たる思いを禁じ得なかった。
そうした圧力の下にありながらも、それを突き抜けて、作曲者自らの音楽思想をそれぞれの仕方で充実した音楽作品として実現することに成功していると感じられたのが、下記の4つの作品であった。

【本選演奏会選出作品について】(エントリー順)

■ Yabal-al-Tay

この作品の強さの源は、音楽とは動的なエネルギーに外ならないという作曲者の揺るぎない確信にあると思われる。ほとんど単旋的と云えるほどあからさまに線的な書法で書かれたこの作品では、オーケストラが57人の独奏者の集まりとして扱われている。旋律線を構成する各音のアーティキュレーションは、多数の声部間での小さな音程とリズムのヘテロフォニックなずれによって意図的に不明確にされ、それによって、旋律線はダイナミックなエネルギーの流動として知覚され得るようになる。作曲者の音楽観が適切な作曲手法によって見事に結実した作品だが、この音楽が求めている音響を十分に実現するためには、弦楽器群を作曲者の指定した数の倍の規模にする必要があるように思われる。

■ Selvedge

長く引き延ばされた和音の並置から成るこの作品において、特に印象的なのは、音というものに対して作曲者がとっている極端に突き放した姿勢である。作曲者は、決して音に巻き込まれたり陶酔したりせず、音の外に立って、音を静観し、時間のカンヴァスの上に、淡々と和音を配置している。各和音は、その内部に運動を含みながらも、静止的で、方向性のある進行を形成しない。そして曲の全体構造もまた、目的論的な方向性をもたない3つの大きなブロックの並置であり、そこには展開的あるいは物語的な成り行きなど存在しない。この音楽は、何かしら人間の外に存在するものであるかのように、聴き手の眼前に単に佇んでいる。この作品についての私のこの解釈は、多くの聴衆にとって奇妙に感じられるかもしれない。しかし、これが私がこの作品に興味を惹かれた理由である。

■ Underscore

主題と6つの性格的変奏から成る変奏曲といった趣のこの作品は、聴いた限りでは分からないのだが、作曲者の説明によれば、ケージの《夢》を下敷きにして作られている。既存の作品を丸ごと取り込んで新たな曲に書き換えるという(ルネサンス期のパロディー・ミサ曲に通じるような)考えには、今や通例の技法になってしまった「引用」に替わって、現代の作曲家が既存の作品を自らの曲に取り込むための、もう一つのやり方としての可能性が窺える。この作品は、非機能的な調性和声や、簡素な音型、時にぎこちなく感じられる流れといった、一種の不思議な「素朴さ」に特徴付けられている。これらの特徴的な要素は、原曲に由来するものであるに違いない。

■ tracé / trait

この作品を始めとして、卓越したメティエを感じさせる作品は、今回の応募作の中にいくつも見られた。それらの中で、この作品は、音楽の明晰さと均整のとれた構造に於いて特に際立っており、(誤解を恐れずに言えば)古典主義的な品位をも漂わせている。ここでは、楽器の拡張奏法や微分音を含む現代的な響きの連なりは、対位法(線の組み合わせ)や和声法(線と垂直的な響きの相互関係性)といった伝統的な思考のモードの下で編まれており、それによって巧みに作り上げられた音楽的成り行きは、決して奇を衒うことなく、(言葉の18世紀的な意味で)「自然」に感じられる。その意味で、この音楽を、現代の伝統主義と云うこともできるだろう。それは、メティエそのものを尊重するアカデミズムとは、一線を画するものである。


近藤 譲


◎本選演奏会情報

2023年5月28日[日]15:00
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

コンポージアム2023
「2023年度武満徹作曲賞本選演奏会」

審査員:近藤 譲
指揮:角田鋼亮
東京フィルハーモニー交響楽団

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