武満徹作曲賞

審査結果・受賞者の紹介

2019年度

審査員

撮影:ヒダキトモコ

本選演奏会

2019年6月9日[日] 東京オペラシティ コンサートホール
指揮:阿部加奈子、東京フィルハーモニー交響楽団

受賞者

第1位

シキ・ゲン(中国)
地平線からのレゾナンス
(賞金100万円)

パブロ・ルビーノ・リンドナー(アルゼンチン)
Entelequias
(賞金100万円)

第2位

スチ・リュウ(中国)
三日三晩、魚の腹の中に
(賞金60万円)

第3位

ツォーシェン・ジン(中国)
雪路の果てに
(賞金40万円)

左より、スチ・リュウ、シキ・ゲン、フィリップ・マヌリ、
パブロ・ルビーノ・リンドナー、ツォーシェン・ジンの各氏
photo © 大窪道治

審査員:フィリップ・マヌリ 講評

みなさん、こんばんは。これらの作品は80以上の譜面から選ばれました。4曲とも作曲家がオーケストラに魅了されているという点で素晴らしかったと思います。私が譜面を受け取った時は、全員が匿名でした。作曲家がどこから来た人なのか見つけることは不可能だったのです。もちろんいくつかの譜面には、中国語や日本語の漢字が書かれていたり、ドイツ語や英語での指示がありましたので、ルーツを推測することはできます。しかし、作曲家がどこにいるのかについて確信を持つことはなかなかできませんでした。実際にファイナリストを選んだ時、その4曲のうち2曲がドイツ語のタイトルで、3曲目は英語のタイトル、そして4曲目はスペイン語のタイトルが付けられていました。スペイン語のタイトルをつけた作曲家はアルゼンチン人だったわけですけれども、ファイナリストを選んでからそのうちの3人が実は中国の若い作曲家たちだったということを知った時には大変びっくりしました。作品のテーマに関しては、2つの姿勢が見受けられると思います。コンサートの前半・後半、どちらともその1曲目は知覚と記憶に関する問いと向き合っていました。そしてコンサート前半・後半の2曲目は、個人の物語に基づいています。そのうち1人は作曲家自身の歴史を、そしてもう1人は聖書の一部を扱っています。

現在、オーケストラ作品を書くということは容易ではありません。音色の組み合わせの可能性は限りなくあり、伝統の重みも壁になり得ます。どのように選択をするのか、あるいはどのように歴史から逃れるのか。今日発表した彼ら若い作曲家たちは、この伝統を続ける決意をしました。もし彼らに1つアドバイスを渡すとしたら、次のことを伝えるでしょう。今日のオーケストラはどのような姿になり得るのか、考えてみて欲しいということです。シンフォニー・オーケストラは1750年頃にドイツで発明されて以来、ほとんど形を変えていません。少し規模は大きくなりましたけれども、中の組織は同じです。私たちは新しいオーケストラの形を想像することができるのでしょうか。私はできると信じていますし、武満徹作曲賞を運営する方々もこのような提案を快く受け入れてくださると思います。

それでは、各作品についてのコメントを申し上げたいと思います。

コンサートの1曲目はシキ・ゲンさんの《地平線からのレゾナンス》でした。この曲はアンサンブルの異なる音色を織り交ぜることによって、音響のイリュージョンを生みだす、その方法が大変洗練されていると思います。音色の組み合わせが極めてうまく組織されていて、この若い作曲家がとても正確な耳をもち、自分が求めるものをちゃんと自分で分かっているということが伝わってきます。これからは自分自身のスタイルについてより思考を深めていって欲しいと思いますけれども、これまで彼が受けてきた音楽の教育を考えれば、彼は必ず自分の道を見つけることができると確信しています。

2曲目のツォーシェン・ジンさんの《雪路の果てに》には、複数の特色があります。一つは、作曲家がいくつかの常識に囚われないような特殊なテクニックをオーケストラに取り込むことに躊躇しないということです。このことについては彼自身とも話し合い、こういった実験的な態度に伴う問題についても指摘しました。そしてまたもう一つの特色というのは、この作品のための独自のフォーム、形式を見つけるということに彼が拘っているという点にあります。それは成功している部分もあれば、そうではないところもあります。しかしこの若い作曲家はいくつかの根本的な問いと向き合っていて、その問いかけこそが彼を未来に向けてしっかりと突き動かしていくと思います。一番重要なのは、良い問いを持つことであり、彼はそれを実践しています。

コンサート後半の1曲目、パブロ・ルビーノ・リンドナーさんの《Entelequias》は、とても魅力的です。その音楽的な素材は、まるでほとんど動いているようには見えない雲のように非常に遅い動きをしています。と同時に、音楽のテクスチュアは有機的に進化し続けていて、まるでそこには終わりがないようにさえ感じられます。不動の、動かない音楽的な素材がいくつもの色のフィルターを通り抜けていくように重ね合わされていく様は、極めて見事です。もう一つ指摘したいのは、この若いアルゼンチンの作曲家がプロのヴァイオリン奏者でもあるということです。どのような音を生み出したいのか、彼の楽器を用いて実際に聴かせてくれたのですけれども、非常に感銘を受けました。そしてこの作曲家はとても優れた耳を持っています。

コンサートの最後のスチ・リュウさんの《三日三晩、魚の腹の中に》は、緊張感や展開に溢れるドラマティックな音楽です。この若い中国の作曲家は批評をよく受け容れて、すぐに譜面を書き換えることも厭わない、とてもオープンな女性です。彼女はとても美しい音楽的テクスチュアを書いた上で、それを多すぎるパーカッションで覆い隠してしまうような悪い癖があったので、実際にオーケストレーションを軽くするためのアドバイスをしました。譜面に少し光を差し込ませる方向に彼女の背中を押したことを、咎められないといいのですけれども。また、彼女のパート譜を書くスピードの速さにも驚きました。大変才能のある作曲家だと思います。

それでは審査結果を発表いたします。まず第3位です。ツォーシェン・ジンさん《雪路の果てに》、賞金40万円です。彼の楽器の扱い方に型破りなテクニックを用いて冒険したことを評して。第2位、60万円です。スチ・リュウさん《三日三晩、魚の腹の中に》。彼女の音のエネルギー、そしてドラマティックなテンションの探求を評して。そして第1位を二人に渡したいと思います。まず一人、シキ・ゲンさん《地平線からのレゾナンス》、100万円です。洗練された音の響き、そして音楽のテクスチュアの魅惑的な流動性を評して。そしてもう一人の1位、パブロ・ルビーノ・リンドナーさん《Entelequias》、こちらも100万円です。オーケストラ書法における細部への並外れた配慮、および静的な音楽のコンテクストにおいて音色やテクスチュアを更新する、その音のイマジネーションを評して。

そして最後に、本日演奏して下さった東京フィルハーモニー交響楽団、そして指揮者の阿部加奈子さんにお礼を申し上げたいと思います。そして若い作曲家たちにとって本当にかけがえのない賞である、この武満徹作曲賞を運営されている方々に感謝の意を申し上げます。

通訳:樅山智子/文責:東京オペラシティ文化財団

受賞者のプロフィール

第1位
シキ・ゲン(中国) Shiqi Geng
地平線からのレゾナンス

1995年、河北省保定市生まれ。2014年オーストリアのグラーツ音楽大学作曲部門に入学し、2019年最優秀の成績で学士号を取得。現在は同大学院修士課程に在籍し、ゲルト・キュール、ベアート・フラーの各氏に師事。多くの作曲賞を受賞しており、作品は、オーストリア、イタリア、フランス、中国、タイで演奏された。2017年グラーツ楽友協会主催「人権のためのコンサート」から作品の委嘱を受ける。2019年グラーツ市の特別奨学金を得た。
https://shiqigeng.wordpress.com/

受賞者の言葉
皆様こんばんは。武満徹作曲賞を受賞することができ、大変光栄です。先ほど東京フィルハーモニー交響楽団の方々と指揮者の阿部加奈子さんとの素晴らしい演奏を聴かせて頂き、作曲家としての人生でとても重要な経験をさせていただきました。僕の曲につきまして審査員のマヌリさんから指導をして頂き、今後の創作に生かしていければと思います。
実は武満徹氏は、僕が初めて現代音楽を勉強した時にとても重要な影響を与えてくれた作曲家の一人です。ヨーロッパで勉強する前は、現代音楽に関する知識は殆どなく、グラーツにきた直後は、まだフランス印象派の音楽の影響から脱していませんでした。武満氏の作品にもいくつか印象派的なところがあり、その共感から彼の作品を勉強したことが僕の現代音楽を書き始めた第一歩と言えます。それだけでなく、武満氏の作風や美学の主張も僕に大きな影響を与えてくれました。それをきっかけに日本の文化に大変興味を持ち、日本語の勉強を今も続けています。もちろん自分の独自の音楽言語もいつも探しています。
今回、武満徹作曲賞の本選演奏会に参加させて頂いて、僕と同じ若い世代の中国の作曲家と出会えたことも非常に貴重な経験だったと思います。グラーツで勉強しながら、同世代の中国の作曲家を気にかけることはとても少ないのです。この機会に彼らの考え方や作風を少し学べたことは、僕にとってとても素晴らしい経験だったと思います。
そして、本選演奏会に関わっている全ての皆様に改めてお礼を申し上げたいと思います。審査員のフィリップ・マヌリさん、東京フィルハーモニー交響楽団の方々と指揮者の阿部加奈子さん、東京オペラシティ文化財団の方々。そして、自分を支えてくださっている皆様、特に僕の両親とグラーツ音大の教授のゲルト・キュール先生とベアート・フラー先生に深く感謝を申し上げたいと思います。
第1位
パブロ・ルビーノ・リンドナー(アルゼンチン) Pablo Rubino Lindner
Entelequias

1986年、ブエノスアイレス州キルメス生まれ。現在、アルゼンチン劇場オーケストラ第2ヴァイオリン首席奏者。ラプラタ大学で作曲を学び、作曲家としても活動。2015~17年ノルディック・サクソフォン・フェスティバル(デンマーク)に招待された。モーリス・ラヴェル・コンクール(イタリア)、アルヴァレス室内オーケストラによるMusique sans frontiers作曲賞(イギリス)、Premio Juan Carlos Paz(アルゼンチン)、マデルナ作曲コンクール(ウクライナ)、highSCORE Festival(イタリア)、TACEC Generation Festival(アルゼンチン)等で、受賞もしている。
https://pablorubinocomposer.wordpress.com/

受賞者の言葉
皆さん、こんばんは。今日こうしてここにいるということは私にとってもちろん大変重要なんですけれども、この短いスピーチの時間を使って、作曲の世界において、そして芸術全般において、このような規模のコンテストが行われることの重要性についてお話ししたいと思います。ますます商業化が進み、ほとんど全てのものが市場の法則に従って商品となるようなこの世界において、収入や経済的利益を生みだすことを目的とするのではなくて、それよりも芸術そのもの、そして新しい作品が現れるような創作環境を生みだすことに焦点を当てているこのようなイベントを財政的にサポートすることは、極めて素晴らしい、賞賛すべき行為だと思っています。それだけではなく、作品は匿名で評価され、伝説的な作曲家が審査員を務め、指揮者は本当に素晴らしく、現代音楽の初演ではなかなか見ることのできないレヴェルの高い専門性をもつオーケストラが演奏し、その運営組織は大げさではなく、完璧で、そして他にもこの作曲賞が素晴らしい点はたくさん挙げられるのですけれども、そのことを鑑みれば、機会のイコライザー、あるいは平衡装置としてこのコンテストがどれだけ重要かその次元がお分かり頂けると思います。なぜならこの機会は、その人の国籍・宗教・ジェンダーなどの背景に関わらず、誰にも等しく開かれているからです。このようなイベントを推進する必要性を理解する団体や施設、人々、政府が増えたとしたら、作曲家はどれだけ幸せになれることでしょうか。特に経済やインフラの問題が日常化している国に住んでいるからこそ、私は、機会を平等にする重要な装置という視点からこのコンテストを捉えてしまうのかもしれません。これからもずっと武満徹作曲賞が続き、このようなイベントが世界中で行われることを祈っています。どうもありがとうございます。
通訳:樅山智子
第2位
スチ・リュウ(中国) Siqi Liu
三日三晩、魚の腹の中に

1991年、湖南省冷水江市生まれ。2010~18年に中央音楽学院(北京)でウェンチャン・チンのもとで作曲を学び、学士号と修士号を取得。2017年、交換留学生としてハンブルク音楽演劇大学でエルマー・ランプソンに師事した。作品はキリスト教の信仰と精神的な美の追求を反映している。

受賞者の言葉
武満徹作曲賞のファイナリストとして選んで頂けたことをとても光栄に思い、心から感謝申し上げます。東京オペラシティ文化財団、若い作曲家を支援してくださり誠にありがとうございます。作曲家のフィリップ・マヌリさん、選考して頂き、そしてこの曲をより良くするようなアドバイスをたくさん頂き、本当にありがとうございます。指揮者の阿部加奈子さん、素晴らしい指揮をありがとうございます。東京フィルハーモニー交響楽団(の皆様)、完璧な演奏をありがとうございます。そしてお名前を呼ぶことができなかった作曲賞に関わる全ての方々、本当にありがとうございます。そしてまた、母校である中国の中央音楽学院、そして恩師のウェンチャン・チン先生にも感謝の意を表したいと思います。8年間私を教えて下さいましてありがとうございました。皆さんご存じの通り、幸運な時に幸せを感じ、欲しいものが手に入った時に神を讃えることは簡単です。でも闇の中で光を待つのはとても難しい。人生のどん底にいる瞬間に神を讃え、周りの人々に感謝の意を伝えるのはとても大変なことです。《三日三晩、魚の腹の中に》という作品は、このような美についての物語です。それは私が聖書の中に見つけた美です。それはヨナの物語です。彼は魚のお腹の中にいるときも、闇の中で光を待ち続けます。深い海の中にいても、神を讃え、神に感謝するのです。私にとって幸せや美は、終わりではなくプロセスです。プロセスを通して、私たちは全ての瞬間を大切にすることができます。この作品は重たいところから解放された場所に、闇から光に向かう様を描いています。魚のお腹から出て日の出を見るように。
最後に聖なる神に全てを感謝申し上げます。東京に導いて頂き、そしてこのような名誉ある舞台に立たせて頂き、感謝いたします。栄光は貴方のものです。貴方のためにこの曲を書きました。これは私が体験したプロセスです。どうかお気に召しますように。愛しています、信じています。ありがとうございます。
通訳:樅山智子
第3位
ツォーシェン・ジン(中国) Zhuosheng Jin
雪路の果てに

1991年、浙江省寧波市生まれ。カナダを拠点に活躍。作品はクラングフォーラム・ウィーン、メイタ・アンサンブル、カルテット・ベーラ、Mdiアンサンブルなどにより演奏され、アーチペル音楽祭(スイス)、June in Buffalo New Music Festival(アメリカ)、OutHear New Music Week(ギリシャ)、Composit New Music Festival(イタリア)、北京現代音楽祭などで取り上げられている。中央音楽学院付属学校(北京)を経て、オーバリン音楽院で学士号、ボストン大学で修士号を取得。現在、マギル大学に在籍。
https://www.zhuoshengjin.com/

受賞者の言葉
まず東京オペラシティ文化財団理事長、審査員のフィリップ・マヌリさん、指揮者の阿部加奈子さん、演奏者の皆様、そしてこのプロジェクトに関わる全ての方々に感謝を申し上げます。本日この舞台でこの賞を受賞できることを大変光栄に思います。これまで私を非常に根気強く指導してくださり、かけがえのない支援をしてくださった作曲の先生方に、そして無限のインスピレーションを与えてくれる世界中の同僚たちにも感謝の意を表したいと思います。先生方、そして同僚たちのおかげで今の私があると言えます。《雪路の果てに》は、冬のモントリオールでのあるシーンを捉えています。雪の積もった道の突き当たりに立っていた私は、生まれてから最初の12年間を過ごした故郷のことを思い出していました。ほとんど雪の降ることのない小さな町でした。そしてその道の上に立っていた自分の足の感覚を今でも思い出すことができます。汚れなく素朴で、まるで鏡のようにきれいな道でした。町の海岸に工場が建てられるようになり、2012年のPX(パラキシレン)の化学工場建設プロジェクトに反対する平和的なプロテストを受けて、自分のホームタウンとその変化に捧げる曲を書きたいと思うようになりました。それが今日お聴きいただいた作品です。私の人生には常に言葉では表現できないけれども、音でのみ表現できるものがあります。私にとって作曲は闇の中を一緒に歩んでくれる人生のパートナーのようなものです。もしその道の先に光が見えないとしても、その道中では幸せや満足感、そして寛大さと出会うことができます。作曲を通して私は世界に対する愛を取り戻すことができるのです。どんなに無力に感じる瞬間でも、少なくとも自分は創作することができるということ、何らかの善良さを人々と共有することができるということ、それを私は知っています。そしてこうやって共有することによって、いつの日か私たちの世界は、そして私たちの国はより良くなるかもしれません。どうもありがとうございます。
通訳:樅山智子
ON AIR

本選演奏会の模様はNHK-FMで放送される予定です。

番組名:NHK-FM「現代の音楽」
2019年7月21日[日]午前8:10 - 9:00/7月28日[日]午前8:10 - 9:00
(2回にわけての放送)
*放送日は変更になる場合があります。
NHKラジオ https://www.nhk.or.jp/radio/
番組ホームページ https://www4.nhk.or.jp/P446/

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