武満徹作曲賞

審査結果・受賞者の紹介

2020年度

審査員

© Brian Voce
トーマス・アデス(イギリス) Thomas Adès (United Kingdom)

本選演奏会

2021年1月19日[火] 東京オペラシティ コンサートホール
指揮:杉山洋一、東京フィルハーモニー交響楽団

審査員トーマス・アデス氏は当初会場で本選演奏を聴き、最終審査を行う予定でしたが、2020年12月下旬、政府より発表されたイギリスからの入国禁止措置により来日できませんでした。それに伴い、1月19日開催の本選演奏をロンドンのNHKコスモメディアにて、高音質・高画質の通信を用いて聴き、審査いたしました。

受賞者

第1位

シンヤン・ワン(中国)
ボレアス
(賞金110万円)

第2位

デイヴィット・ローチ(イギリス)
6つの祈り
(賞金90万円)

第3位

フランシスコ・ドミンゲス(スペイン)
MIDIの詩
(賞金65万円)

第4位

カルメン・ホウ(イギリス/香港)
輪廻
(賞金35万円)

審査員:トーマス・アデス 講評

(2021年1月19日 ロンドン NHKコスモメディアにて収録)

皆様こんにちは、そして2020年度武満徹作曲賞本選演奏会の審査発表にようこそ。
まず審査全般に関してですが、93の音楽作品を相対的に評価するということは事実上ほぼ不可能です。それは、まるで森の中でもっとも立派な木を探すようなことです。芸術分野でのこうした相対的な選考は、必然的にきわめてパーソナルなものとなります。私は、なるべく様式といった表面的な問題に左右されないように努めました。むしろ、曲のイディオム(作風)にかかわらず、個人的な表現と具体的な実現、自由さと精密さ、野心と技巧といった点において調和が取れていることを重視しました。芸術性とは、こういった言葉では説明できないことにこそ見出すことができると信じています。
大多数の応募作品が同じ美的な方向性を持っていたことは顕著でした。すなわち93作品のうち約80の作品では、音楽的内容よりも、抽象的で擬音的な効果が好まれていました。音楽的内容は、いかなる形式または様式の作品の中にも見出すことができますが、それが不在な場合、またはその声が聞き取れないほど奥深くに埋もれてしまっている場合は、はっきりとわかります。

次に、本選の4作品についてですが、私が選んだ4作は、和声および表現のイディオムの点ではかなり多岐にわたりますが、いずれも、基本的な目標の実現を超えた芸術性と技巧の点で評価できる水準に達していました。また、作曲という芸術とは、自分の限界を超えて、音楽そのものが望むことに耳を傾け、学ぶものであることも認識されていました。

4人の受賞者については、それぞれがきわめて個性的なヴィジョンや音楽的な関心をもち、またオーケストラとは何か ── はたまた音楽とは何か ── という問いについても異なる考え方をもった異なる芸術家です。したがって、本作曲賞を審査する上で、私は野心と達成度という2つの点をもっとも重視し、それに加えて曲に対する思い入れの強さも考慮に入れました。

続いて、本選で演奏された4作品についての所感です。

シンヤン・ワン《ボレアス》は、華麗で洗練された擬音的な響きの世界と、繊細な和声のコントロールをうまく調和させています。オーケストレーションはウィットと想像力と機智に富んでいて、曲の構造の点でも成功しています。この作品を聴くのは、とても満足感の高い楽しい体験でした。

フランシスコ・ドミンゲス《MIDIの詩》は、精密に考えられた密度の濃いオーケストラのテクスチュアの中で、力と勢いのある際立った個人的な意思表示を達成しています。私にとってこの作品の世界は、爆発した断片のようであり、また破砕や方向感覚の喪失であり、それらが強烈に実現されています。

デイヴィット・ローチ《6つの祈り》は、異例なほど具体的な旋律素材を、エキサイティングかつ直接的な手法で用いており、きわめてパーソナルで激しい表現をもったパッセージが見られます。私は演奏会で本作品を聴いて、とても心動かされました。

カルメン・ホウ《輪廻》は、精密に描かれたミニチュアの風景画のようであり、繊細で洗練された和声感と繊細なオーケストレーションが見られます。

私は、この4人が今後も作曲の技術により磨きをかけ、その道を極めていくであろうことを信じてやみません。

それでは、審査結果を発表いたします。

第4位 カルメン・ホウ:《輪廻》 賞金350,000円
第3位 フランシスコ・ドミンゲス:《MIDIの詩》 賞金650,000円
第2位 デイヴィット・ローチ:《6つの祈り》 賞金900,000円
第1位 シンヤン・ワン:《ボレアス》 賞金1,100,000円


以上です。ありがとうございました。

訳:後藤菜穂子/文責:東京オペラシティ文化財団

受賞者のプロフィール

第1位
シンヤン・ワン(中国) Xinyang Wang
ボレアス

1989年、中国四川省広元市生まれ。現在はアメリカのピッツバーグを拠点に活動。四川音楽学院で学士号、マンハッタン音楽院で作曲と音楽理論を専攻し修士号を取得。またピッツバーグ大学の同専攻で博士号を取得。 伝統的な中国の芸術や西洋の芸術から、幅広くインスピレーションを得ている。また複数の作曲賞を受賞し、作品は著名な演奏家、アンサンブル、オーケストラによって演奏されている。

受賞者の言葉
このほど名誉ある武満徹作曲賞をいただくことができ、たいへん光栄に思います。またすべてのセッションに会場で立ち会えたことは、世界的なパンデミックという困難な状況の中で奇跡的なことでした。東京オペラシティ文化財団の高いプロ意識と忍耐強さがなければ、どちらも実現しなかったでしょう。若い才能と質の高い現代音楽を奨励しようという同財団の熱意は、若い作曲家に大きな希望を与えてくれます。こうした取り組みは、すべて一人の偉大な人物の寛大さに端を発したのでした ── すなわち、日本の巨匠、武満徹氏です。私は彼の芸術的な思想の多くに共感してきました。
私が初めて武満徹の音楽を聴いたとき、それは啓示的で刺激的な体験でした。その綿密に織りなされた音楽の要素と、東西の響きを繊細に組み合わせた/対置した手法により、その出会いは天啓というより深遠なものになりました。こうした文化の共生は、私にとっても大きな音楽的関心のひとつです。武満はその著書『Confronting Silence』の中で、「異なる文化をたやすくブレンドすることには関心がない」と語っています。彼にとってそうした完全な共生は、自分の言葉のように、自然に身に付けた音楽的な本性であったのでしょう。こうしたことを考えた結果、私自身も自分の音楽作りにおいて無理に文化を融合させることをやめて、細部まで力を尽くした上で、すべてがきわめて自然に現れ、展開していくようにしました。《ボレアス》のような曲は、まさにそうしたプロセスを象徴するものです。
《ボレアス》には私の願いがこめられています。中国には「瑞雪兆丰年」ということわざがありますが、それは「時宜を得た大雪は豊作の兆し」という意味で、雪のあとには良いことが起こるという意味合いもあります。東京フィルハーモニー交響楽団によって見事に演奏された幸せいっぱいの本作品によって、世の中が回復し、健康で喜びと幸せに満ちた春が訪れることを心から願っています。

訳:後藤菜穂子

第2位
デイヴィット・ローチ(イギリス) David Roche
6つの祈り

1990年、ウェールズのトレデガル生まれ。掃除機とオーケストラのための作品や、壮大なプラネタリウム・ショー、カスタマイズされたオランダのストリート・オルガン、ロックバンド、ビデオゲーム、映画、劇場のショー、そして国内外のオーケストラのための作品など、あらゆる分野で作曲している。彼の音楽は、現代の世界を意識的に逆説的にとらえて、祝祭的で明るいものであるか、現代の貧困や政治に呼応して、躁病的で、複雑で、暴力的なものであるか、2つのいずれかの世界に属している。作品は世界中で演奏され、ラジオやテレビでの放送や記事として取り上げられている。また30以上の学術的および専門的な賞を受賞している。
https://www.davidjohnroche.com/

受賞者の言葉
このたびは東京フィルハーモニー交響楽団、杉山洋一さん、東京オペラシティ文化財団、そしてトーマス・アデスさんに対し、力のこもった安全かつ献身的なリハーサルと公演を実現してくださったことにお礼を申し上げます。本賞をなんとしても開催しようとする皆さんのご尽力および高いプロ意識には本当に感激しました。また、フランシスコ・ドミンゲス、カルメン・ホウ、シンヤン・ワンの各氏にもすばらしい作品と受賞に対してお祝い申し上げます。こうした優秀な作曲家の皆さんと交流でき、たいへん有意義で刺激的でした。いつか実際にお会いできることを願っています。
私にとって武満徹作曲賞は、他にはない門戸の広さと気前の良さ、そして国際的な視野をもった賞だといえます。オーケストラ音楽の分野において、若い作曲家が何時間もの対面の時間、大規模な楽曲を書く機会、即時かつ継続的なフィードバック、そして一流の演奏をしてもらえる機会というのはほとんどありません。私の《6つの祈り》が全曲通して演奏される日はこないと思っていましたが、武満徹作曲賞にかかわる皆さんのご尽力によって、ついに聴くことができました。聴いてくださった方々が多少とも喜びを感じてくださったのなら嬉しいです。
異なる文化や国で育った音楽家たちを引き合わせることも ── しかも金銭的な壁を取り除いて ── 本賞の寛大さの証です。英国では今、国籍や分断についての発言が目立ちます。でも今回、こうした国際的かつ開かれた賞に参加して、そうでなくてもよいと知り、希望を感じています。本コンクールの過去のすべての年を見れば、世界中で本当に多くのすぐれた音楽が生み出されてきたことがわかります。こうした交流や育成を促すことで多くの人生が変わることでしょう。本賞のレガシーが末永く続くことを心から願っています。

訳:後藤菜穂子

第3位
フランシスコ・ドミンゲス(スペイン) Francisco Domínguez
MIDIの詩

1993年、カスティーリャ=ラ・マンチャ州アルコレア・デ・カラトラバ生まれ。ムジケーネ音楽院でガブリエル・エルコレカに師事し、学士号を取得。その後、グラーツ音楽大学でベアート・フラーとクラウス・ラングに師事した。またヘルムート・ラッヘンマン、ラモン・ラスカーノ、エクトル・パーラ、レベッカ・サンダースなどの講座やマスタークラスを受講。これまでに数々の名誉ある国際賞を受賞している。2016年にはペーテル・エトヴェシュ財団のアカデミーに参加し、ペーテル・エトヴェシュや細川俊夫の講座を受講した。同年エトヴェシュにより、ガルゴンザ・アーツ・アーティスティック・レジデンスに招待された。
https://www.franciscodominguez.info/

受賞者の言葉
2020年度武満徹作曲賞のファイナリストに選ばれ、第3位をいただいたことをたいへん嬉しく光栄に思っています。私にとって、芸術面および個人としての成長につながるものであり、また現在のような困難な時代において大きな励みになります。本コンクールを実現すべくご尽力いただいた東京オペラシティ文化財団の方々、審査員のトーマス・アデスさん、指揮者の杉山洋一さん、そして東京フィルハーモニー交響楽団にお礼を申し上げます。
武満徹作曲賞は、こうした国際的なレベルの作曲コンクールのなかで、まちがいなくもっとも重要なものだと思います。しかも単なるコンクールにとどまらず、文化 ── すなわち私たちをあらゆるレベルで成長させ、またそのために多くの人々が日々闘っている文化 ── のためのすばらしい手段でもあるのです。それ自体すでに賞賛すべきことですが、さらに今年は、次々と起こる困難にもかかわらず、財団がこのコンクールを成功裡に開催すべく闘ったことで、貴重な付加価値がつきました。こうした音楽への尊敬の念が維持されていることは、ときに絶望的な今の世の中において、一筋の希望を象徴するものです。それは、優れた芸術をしっかりと支えてくれる砦がまだ存在することを意味し、私自身に闘い続ける勇気を与えてくれます。
最後になりますが、作曲という美しくも狭き道において私を導いてくれた恩師たち、ガブリエル・エルコレカ、ベアート・フラー、クラウス・ラングの諸氏、作曲家という職業についてよく知らないにもかかわらず音楽を学ぶことを許してくれた私の両親、そして日々私を無条件に支えてくれる妻に感謝を捧げます。彼らがいなければ私はここにいませんし、今の私にはなっていないでしょう。

訳:後藤菜穂子

第4位
カルメン・ホウ(イギリス/香港) Carmen Ho
輪廻

1990年、香港生まれ。オーケストラ、器楽、合唱のための作品を作曲。2018年ロイヤル・フィルハーモニック協会作曲賞を受賞。作品はBBCシンガーズ、ブリストル・アンサンブル、ブリストル大学交響楽団、アンサンブル360、アンサンブル・ヴァリアンス、ココロ・アンサンブル、アンサンブル・ムジークファブリークなどで演奏された。またスコットランド王立音楽院、キエフ現代音楽の日、ボーンマス交響楽団、ブリストル、武生国際音楽祭のワークショップに参加。ハル大学で学士号を取得し、ジョン・ピッカード教授のもと、ブリストル大学で作曲の修士号と博士号を取得。新しいオーケストラ作品《Somewhere in Between》(2020)は、The Robert H. N. Ho Family Foundation Composers' Scheme 2019/20の一環として、香港フィルハーモニー管弦楽団のために書かれた。
https://www.carmenho.co.uk/

受賞者の言葉
はじめに、若い作曲家にこうしたすばらしい機会を与えてくださった東京オペラシティ文化財団にお礼を申し上げます。
また審査員のトーマス・アデスさん、本当にありがとうございました。この名高い作曲賞の本選に選んでいただいたことをたいへん名誉で光栄に思っています。マエストロ杉山洋一さんの見事な指揮のもと、東京フィルハーモニー交響楽団に私の作品を演奏していただいたことは忘れがたい体験となりました。これ以上望めないほど、すばらしい心動かされる演奏でした。
とりわけNHKコスモメディアヨーロッパには、こうした困難な時代の中で、リモートでのリハーサルを円滑に進めてくださり、また演奏会もうまくライブ配信してくださったことにお礼を申し上げます。
最後になりましたが、ジョン・ピッカード教授に感謝を捧げます。先生の指導と励まし、見識と音楽的なインスピレーションがなければこの受賞作を書くことはできませんでした。

訳:後藤菜穂子

ON AIR

本選演奏会の模様はNHK-FMで放送される予定です。

番組名:NHK-FM「現代の音楽」
2021年4月18日[日]午前8:10 - 9:00
(フランシスコ・ドミンゲス:MIDIの詩、カルメン・ホウ:輪廻)
4月25日[日]午前8:10 - 9:00
(シンヤン・ワン:ボレアス、デイヴィット・ローチ:6つの祈り)

*放送日は変更になる場合があります。
NHKラジオ https://www.nhk.or.jp/radio/
番組ホームページ https://www4.nhk.or.jp/P446/

お問い合わせ

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