ヘリ・ランピ (フィンランドセンター 文化担当マネジャー)
Heli Lampi / Cultural Manager, The Finnish Institute in Japan
フィンランドは幾千の湖と白夜の国と呼ばれ、そしてまたムーミンやサンタクロース、ノキアなどで世界中に知られています。実際にこの国を訪れたことのある人は、フィンランド人は自然を愛し、穏やかであることを尊重するということをご存知でしょう。寡黙であることは人間の美徳と考えられており、そのためフィンランド人の言葉少なさは有名です。
その一方で、こんにちフィンランドは豊かで力強い音楽文化の国としての名声を高めており、多くのフィンランド出身の作曲家や指揮者たちが世界的な称賛を享受しています。フィンランドでは、すべての子供たちが上質な音楽教育を受けられるチャンスを平等に得られることを国が強力に支援していて、その教育システムは世界中の専門家たちが驚くほどです。そして500万人という人口に対して28ものオーケストラが存在し、さらに年間を通して数々の音楽祭が催されており、特に夏にはクラシックから現代音楽、ジャズ、フォーク、ポップ、ロックまで実に幅広い音楽イベントが行なわれています。
いったい何が物静かなフィンランド人を音楽にそのように熱中させるのでしょうか。遺伝的なものでしょうか? それを理解するためには、フィンランドの歴史をほんの少しだけ振りかえることが大切です。フィンランドは、1917年に、それまで属していたスウェーデンとロシアから独立しました。独立への闘いの中で、美術や音楽は人々の感情や思想を表現する重要な手段になっていきました。中でも、フィンランドの民族叙事詩〈カレワラ〉に根ざしたジャン・シベリウスの作品は、フィンランド国民のアイデンティティを確立するために重要な役割を果たしたのです。シベリウスは国民のアイデンティティの基礎を築き、オーケストラを強力に整備し、そして作曲家の地位を高めたと言っても過言ではありません。
こうした伝統に続くものとして、現代音楽もこんにちのフィンランドの文化的生活における一分野として充分に認知され確立されています。東西の中間に位置するフィンランドは、双方からの影響を融合するアーティストにとって創造性に満ちた土地なのです。その結果、現代音楽は多用なスタイルと表現力を身につけました。作曲界において「フィンランド楽派」などというものは存在しません。わが国の作曲家たちはそれぞれ独自の視点で全く独自の語法を発展させているのです。彼らの公分母があるとすれば、おそらくそれは、絶えず作品の質を向上しようとする試みと職人的技術に対する称賛ということではないでしょうか。
そして、上質でしかも職人的技術を持つ作曲家といえば、間違いなく筆頭に上がるのがマグヌス・リンドベルイなのです。早くから「現代のシベリウス」とか、時には冗談めかして「聖マグヌス」と呼ばれていたリンドベルイは、同世代の中で最も国際的に成功し知名度の高い作曲家のひとりです。欧米では彼の作品は新しいレパートリーとしてすでに定着しており、著名な賞の授与や重要な委嘱が引きも切りません。
リンドベルイの人気の高さは、彼の古風な美徳とプロフェッショナリズムによるところが大です。つまり、彼はただ、オーケストラのためにはいかに書くべきか、ということを知っているのです。演奏家たちは彼があらゆる楽器について精通していることに感服し、オーケストラのメンバーたちは極めて高度な技術が要求される曲を演奏する時ですらその音楽に魅せられてしまいます。リンドベルイは、新しいテクノロジーとコンピュータを駆使する理論家にして本物の職人という、2つの側面を兼ね備えた作曲家です。そしてさらに、彼は素晴らしいピアニストでもあるのです。
音楽、それはリンドベルイにとって劇的表現の手段です。80年代初頭、ロンドンとベルリンで勉強していた彼は、パンク・バンドのエネルギーとリズムにも影響を受けたというではありませんか! リンドベルイ作品の特徴である効果抜群のリズムとマッシヴな爆発は、まさに現代世界の共鳴と言えるのです。
今年、リンドベルイが「コンポージアム2004」のテーマ作曲家に選ばれたことは、彼のみならずすべてのフィンランド人にとっての栄誉です。しかも彼の友人たち、ユッカ=ペッカ・サラステ、アンッシ・カルットゥネン、カリ・クリークも参加します。彼らみな、武満徹さんへの心からの称賛を分かち合い、日本の音楽家や聴衆と音楽を通して対話することを楽しみにしています。
みなさん、ぜひこの音楽祭にいらしてください。そして寡黙なフィンランド人たちがその音楽を通して語ることばを聴いてください!
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フィンランドの風景
写真提供:フィンランドセンター |
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Photo: Maarit Kytoharju/Sibelius Academy, Finland |
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Photo: Maarit Kytoharju/Sibelius Academy, Finland |
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マグヌス・リンドベルイ
photo (c) Masayuki Nakajima |
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東京オペラシティArts友の会 会報誌「tree」Vol.43(2004年4月号)より
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