デザイナー インタビュー
Interview
多くの東京オペラシティ アートギャラリーのフライヤーなどを手がけているデザイナーの森大志郎(もり だいしろう)さん。11年前に水戸芸術館で開催されたジュリアン・オピー展でもカタログとドキュメントを担当されたそうですが、今回のオピー展ではフライヤー、ポスター、チケット、カタログ、とすべての印刷物をデザインしていただきました。
そんな森さんに今回のジュリアン・オピー展でのエピソードや制作秘話をお聞きしました。
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- メインビジュアルにこの作品が使用されてますね。その理由を教えてください。
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オピーから「この作品を使ってください」という明確なオーダーがありました。
総じて言えるのですが全体的にオピーのディレクションってとても強いんです。
ですのでデザイナーの仕事としてはレイアウトと印刷に関するコーディネーションがメインでした。
オピーは自分でやるべきことと、やりたいことのコンセプトがとても明確な方なんです。
実は11年前に水戸芸術館 *で一緒にお仕事をしたんですがその時から彼の制作に対するスタンスは全く変わってないように思います。*カタログ(赤々舎発行)と展覧会ドキュメント小冊子を担当
それぞれの制作物に対してとても明晰なコンセプトがあるんですよね。
展覧会を作っていくのと同様にコンセプトメイキングを完全に彼が作り出すので、途中で意見が変わる、ということもほとんどありませんでした。「これをこのように作りたいんだけど何か案はないか」ということを聞いてくることもほとんどなかったと思います。それだけゴールが明晰ということなんですね。
そういう意味では今回は彼の仕事のサポートをする、という側面がとても大きかったです。
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- 「これ」というのが最初からあったんですね。
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はい、とても明晰でした。
なので印刷を進めるにあたっては、印刷をしていく上でどういう問題があり、それをどう克服するか、というやりとりを丁寧にしていく、という方法で進めていきました。
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- オピーが色(発色)にとても厳しいというのを聞きましたが。
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厳しいというよりは、方向性が見えてくるまではきっちりとその方向性を探っていく、というのがポイントだったと思います。
そのまま作品に使うデータがあるんですが、例えばそのデータをもとに平面作品を作るとします。でもそのデータは印刷物へそのまま使えるかというとそうではない。
つまりそのデータは印刷物になったり作品になったり、作る過程に差が出てきて、物理的にマテリアルの転換が伴う、というのが前提なんですね。 絶対この色、というよりは制作方法の違いに応じて一番適切な落としどころを探す、というのが彼の重要なポイントなんだと思います。印刷物だったらこの色、作品だったらこの色、という指示になっていくんですね。
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- 印刷物には印刷物なりの落としどころがある、ということですね。
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作るべきものははっきりと方向性があるけれど、落としどころはそれぞれのプロセスの中できちんと見つけていく作業を僕がする、そしてそれに応じてデザインや印刷の過程でオピーがアドバイスを入れていく、というプロセスをたどりましたね。
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- なんとなく作品を作っていく過程と似ていますね。
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そうですね。
オリジナルを1点作る、それを再現せよ、ということではなないんですが、似ていますよね。
でもとにかく彼のスタンスが明確で、それは僕はとてもやりやすかったです。それはそれで楽しめましたよ。
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- 今回使用した紙についてお話し聞かせてください。
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紙は僕が選びました。
この作品はこんな展示になるんだよ、という情報が来たので、その情報を元に、この方向性のこの見え方だったら面白いのではないか、という視点で紙はこちらから提案しよう、と。
日本で生産されている紙とヨーロッパで生産されている紙は違いますからね。日本で選べる紙の中でより良い選択をしてもらったと思っています。
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- ポスターの表面にちょっとした工夫があって面白いですよね。
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文字の箇所だけだったり全面ではないんですが、表面に透明の加工剤を塗ってます。
オーソドックスな手法だけど、面白い加工+要所を抑えている+派手ではない+よく見ると加工されているのがわかる、というような繊細な加工を入れているんですよ。オピーの作品は作品としてはわかりやすいけれど、実は本当に繊細な判断の積み重ねで制作されているんですね。 絵画的な意味でのバルールは失わないようにしていると思います。
印刷物は基本的にはCMYKの色の版が重なっていますよね。
オピーは全体的なバランスを大事に考えていて、色の強弱や長短は印刷のプロセス上必ず出てくることではあるんですが、オピーはそこに対して厳格です。当然印刷工程を理解しているし、技術的な良い面も十分理解しています。その上でさらに良い方向(完成)にしっかり持って行こう、という方向性が明晰なんですね。オピーの作品は色数を数えられるほど限定された色彩で構成されています。
でも、その中でどういうバランスを取っていくのか厳密によく考えられています。
さらに印刷物になった時に作品の見え方として一番いいバランスというのがどこなのか、落としどころをとてもきちんとと追いかけるアーティストです。手ぬかりが一切ありません。
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- フライヤーのサイズ、少しスリムにしていますか?これは森さんのこだわり?
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そうです。単純にA4でもよかったんだけど、ほんの少しだけ印象を変えたくて。
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- ほんの少しの違いなのに、全然印象が違いますね。不思議。
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不思議でしょ? ほんの4ミリ短いだけで、言われないとわからないくらいの差なんだけど、その差が印象の差を作り出すんですよ。そういうデザイナーならではの部分の視点と、オピーの色へのこだわりが、今回重なる部分があったと思います。
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- 割引券、通常しおりサイズが多いですが、今回ちょうどいいサイズですね。私はお店などに置きまくってるんですけど、このサイズ、使いやすくてとてもいいです。目の前にあると取れるサイズだから注目度が高い。ハガキほど大きくないから持ち歩きしやすい。新鮮でした。
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この作品画像を使うという前提があったのでこのサイズになりました。この画像を使う以上、この比率以外は考えられなかったですね。
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- 確かにそうですね。それから、インビテーション。すごいことになりましたね。
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確かに(笑)。この半分満たないくらいサンプル出したんですよ。
これ、実は4枚の紙を張り合わせて作ってるんです。厚紙2枚を印刷面で挟んで4枚に重ねているんですよ。
張り合わせていくときに紙が反ったり伸びたり縮んだりしますが、そういった物理的な問題を解決できる貼り合わせの方法や組み合わせというのがあるのです。それだけではなく四角い形が綺麗に出る最適の厚みというのもあって、結局4パターンくらい出して決めていきましたね。最後まで常に改善を重ねていました。
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- これは手にしたら嬉しいですよね。招待状としても嬉しいですけど、会場にこの作品もありますしね。
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嬉しいですよね。招待状を受け取る方は限られてますけど、手にした方は会場で「あ!」ってなりますよね。
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- 最近のインビテーションの中では間違いなく一番の高級品ですよ。オピーも喜んでるのでは。
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喜んでましたね。「できたじゃないか!」って。
加工工場がいろいろ考えていろいろな実験をしてくれたので、制作物としては悪い点は一切無し。間違いなく良いものができましたね。
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- チケットは作品画像を使わなかったんですね。
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作品をあえて使わないという戦略で、円形でデザインしています。
当日券はオレンジをテーマカラーに、招待券のブルーは会場内の作品にはどこにも存在していない色で、オレンジの完全なる反対色にしています。
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- カタログについてお話し聞かせてください。何もかも盛り込まれた内容になっていますね。
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これまでオピーの海外の展覧会カタログって重厚なものが多かったので、カジュアルにしたいという目論見がオピーに最初からあったんです。具体的にはVOGUEのようなファッション雑誌、イギリスのマネーマガジンなど、かなりカジュアルな紙質のサジェスチョンがありました。
実はこれ、制作の途中で判型が変わったんですよ。もともとは15mmくらい縱が短かったんです。横は7mmくらい長かった。正方形に近い形だったんです。企画サイズの中では横幅が広く、ファッション誌などで使われているサイズです。
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- サイズ感といい、紙質といい、本当に海外の雑誌のようですね。
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昔海外のギャラリーでもっともっとカジュアルなカタログを作ったらしいいんです。そこには作品の価格も記載されていて。それって、通販カタログみたいですよね。今回はテキストをたくさん書き込むという展開でもなく、通販カタログ形式の延長として考えていたのかもしれません。
そういったカジュアルなマテリアルにして、作品画像の傍らには自分で撮った画像やそこに派生するようなリファレンスを並べています。
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- オピー自身、携帯で写真をいっぱい撮ってるんですよね。毎日何百枚と撮ってるみたいなんですが、写真選んでいるのは本人ですか?
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本人です。本のマテリアルの希望も、でき上がりの方向性もオピーから来ているし、各ページのリファレンスと対応、簡単なレイアウトはスタジオから送ってきたので、具体的に本を作る上でのしつらえをこちらで整理してしてやりとりしました。
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- カタログ全体のポイントは?
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今回カタログのポイントになっているのは何と言ってもオレンジ色。
オピーからは「とにかくピュアなオレンジ色になるように仕上げて欲しい」というオーダーがありました。
オレンジ色って、時に濁った茶色のような色が印刷所から出てきてしまうことがあるんです。かといって蛍光系のオレンジを愚直にただ使っただけではピュアな発色が出ないんですね。
だからカタログのオレンジ色は、様々なオレンジ色を組み合わせてかなりカスタマイズしています。オピーの場合、テーマになる色というのが必ずあります。カタログはオレンジを基本とすることを決めてから本の構成も考えています。表紙と扉は同じオレンジにして、全体的にクオリティを維持しつつ、作品や制作のリファレンスとなるイメージで構成されたコンテンツのおもしろさに自然に視点が促される点に注目していただきたいですね。
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- 一番難しかったのは?
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一番難しいのは光っている作品をどう見せるか、という点でした。
でもカタログをよく読み込んでいくと展示作品のことも理解できるようになっているんですよ。
例えばオピーのテキスト冒頭、「空港に着くと大きなライトボックスがある」とありますよね。あ、展示室もライトボックスの作品から始まるな、と気づく人も多いと思います。
読み進めていくと「光っているところに近づいていく」というテキストもありますしね。
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- なるほど!って思いますね。テキストとリファレンスを通じてカタログ上でも展示空間に入っていくんですね。
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今回は、最初からやることが明晰で目的がはっきりしているけれどもやればやるほど改善を続けられる余地のある仕事でした。
「ここまで雛形作るからあとはブラッシュアップせよ」と言われているみたいで。
最初の段階が曖昧だと最初から選択肢でが広がってしまって仕事に集中できないですよね? その辺オピーの手法は長けていると思います。
自分で絞り方を提示して、あとは他者に預けるスキーム。でもその他者にも十分余地を与える。
その辺は作家としての力量だな、と実感しました。
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- 西洋美術、東洋美術、エジプト美術などたくさんリファレンスが入っていますね。
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コミュニケーションとしての言葉やピクトグラム、確かにこのような手法で伝えてくるのはなるほど、と納得できますよね。 メディアに合わせてずっとトライアルし続けているのではないでしょうか。 さまざまな脈性を探し続けている作家の姿勢を、今回再び学ぶことができました。