展覧会について
Exhibition

〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉

草月流のいけばなに触発され、2011年から継続的に制作されているシリーズ。シリーズのタイトルは、マルセル・リーブマンによるレーニン伝の一節からとられたものであることをはじめ、作品はそれぞれ一冊の本に由来していて、題名や著者、花材名、本の一節が作品とともに展示されます。
「花に翻訳された本の図書館」ともいうべきこのシリーズは、文学、哲学、人類学など多岐にわたるまずはその並びに、アンロの視点と興味の幅広さが見てとれます。ひとつひとつの作品に目を向けると、本と花の取り合わせにも意図がありそうです。形状はもちろん、本の内容と花の名前(俗名/学名)に語呂合わせがあったり、その花のもつ植物学的な特徴や文化的な背景を呼応させていたりします。アンロの真摯かつ遊び心に溢れた思考や感性に、鑑賞者それぞれの創造力は刺激されることでしょう。いけばな草月流の協力で制作される今回の展示に、作家自身も心を躍らせています。

いけばな制作協力:本江霞庭、中田和子(いけばな草月流)

〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉
2011- ミクストメディア
ギャラリー・カメル・メヌールでの展示風景(2012)
photo: Fabrice Seixas
《源氏物語 紫式部》
2014 ミクストメディア
シンケル・パヴィリオンでの展示風景(2014)

courtesy the artist and galerie kamel mennour (Paris/London) Metro Pictures (New York) KÖNIG GALERIE (Berlin)
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo 2019

〈アイデンティティ・クライシス〉

作家活動の初期から描き続けているドローイングは、アンロの興味の対象、思考の過程に直に触れることができる作品です。世界をあまねく規定するシステムと、人間の感情、空想といった内的な世界の関係性を観察するアンロのするどい視点が、水彩とインクののびやかな筆致で画面に描き出されています。最新のシリーズ〈アイデンティティ・クライシス〉から出品される今回の作品は、体を包む時には奥行きを持ち、脱いだ時には平らになるという衣服の特徴から、さまざまな連想が働いています。奥行きの有無を併せ持つという点への注目からうかがえるとおり、両義性はアンロを魅了してやまない概念です。ストライプや格子など、生地の柄を思わせる模様は平面的ですが、いざ体に纏えばその奥行きを強調する要素になるでしょう。また、衣服は着る人との関係で表層(内面ではない)と捉えられることが多いなかで、アイデンティティ(自己)を纏うということに考えを巡らせています。《合わない 1》(Don’t Fit 1)というタイトルでは、私「に」ではなく、私「が」と示しているように、アイデンティティ自体が社会との関わりのなかで創作されるものであり、複数持ちうるものであること、それに自身を合わせる状況、といった思索が表れています。

《矛盾したメッセージを送る》
2018 水彩、紙
《どれにしよう》
2019 インク、紙

courtesy the artist and galerie kamel mennour (Paris/London) Metro Pictures (New York) KÖNIG GALERIE (Berlin)
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo 2019

《偉大なる疲労》

国立スミソニアン博物館で特別研究員として行ったアーカイヴ調査にもとづいて制作された作品。3億点以上にのぼる作品・資料を収蔵する博物館の「創りあげられた網羅性」に触発されて、アンロは人類の収集と知の構築への執念を探求し、ひとつの世界観のもとに構成しようと試みました。
パフォーマンスアーティストのアクウェテイ・オラカ・テテー(音楽:ジョアキム、テキスト:ジェイコブ・ブロムバーグとアンロの協同執筆)によって紡がれるのは、世界各地の神話や宗教に伝わる元始(はじまり)の物語の数々です。誰も見たことがない天地創世と生命誕生の謎は、いにしえの人の想像を掻き立て、色とりどりの創造を生みました。一方で、人類は知をもってこの世界を捉えようと学を整えました。博物館に収集され、分類され、系統づけられた、豊かなしかし平板化された資料の集積は、死を暗示しています。すでに絶えたものが集積によって記録されるならば、博物学や現代の情報化社会とは、死と永続の拮抗です。《大いなる疲労》では、合理性とゆらぎの対立、人類の暴力的なまでの収集の欲求と、それでも捉えきれない神話のいきいきとした記憶や創造の世界が、矛盾をはらんだまま一体に昇華されています。 2013年第55回ヴェネチア・ビエンナーレ銀獅子賞受賞作品。

《偉大なる疲労》
2013 ヴィデオ 13分

courtesy the artist, Silex Films, galerie kamel mennour (Paris/London) Metro Pictures (New York) KÖNIG GALERIE (Berlin)
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo 2019

《青い狐》

世界の秩序と多義性を空間全体を使って分析・構成した重層的なインスタレーション。四面の壁には、自然、矛盾、理(ことわり)、連続性などに関わるドイツの哲学者ライプニッツの四つの原理がそれぞれ割り当てられ、宇宙の生成や人間の成長のステージ、人類の文明の段階、四元素といった項目も加わって考察されています。圧倒的な量の物と情報の集積、その分類/混沌のないまぜなさまは、行き過ぎた原理が招くシステムおよび合理性の破綻を表してもいます。《偉大なる疲労》と双子の作品ともいうべきこのインスタレーションは、個人の領域と世界規模の主題、限りあるものと限りのないものを明確に示しつつ、ひとつの統合へと導いています。

《青い狐》
2014 ミクストメディア
パレ・ド・トーキョーでの展示風景(2017)
photo: Zachary Tyler Newton

courtesy the artist and galerie kamel mennour (Paris/London) Metro Pictures (New York) KÖNIG GALERIE (Berlin)
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo 2019