19世紀の発明以来、写真は記憶や時間の痕跡を記録するメディアとして機能してきました。しかし現代では、過去のイメージを見直し、書き換え、ありえたかもしれない記憶と経験を想像/創造するための、私たちの身近な装置でもあります。白黒写真から映像作品、インタラクティヴなヴィデオ・インスタレーションまでを含む写真メディアの伝統と革新を横断する本展では、日本とオーストラリアの2名のキュレーターが、10名のアーティストの実践における「トレース(痕跡)」の現代性と文化的な共鳴を探ります。
「トレース・エレメンツ」には「痕跡の要素」と、生物学の「微量元素」(体内に保持されている微量ながらも生命活動に不可欠な元素)の二つの意味があります。現代社会を生きる私たちの構成要素となる記憶、自我、精神、身体の知覚、個人または集団の歴史に、写真メディアが及ぼす影響とは何でしょうか?
「トレース・エレメンツ」は、出来事の「記録装置」から複数の記憶と時間を発明する「記憶創造装置」へと、その役割を変化させつつある現代の写真メディアの多様なあり方を提示します。
[展覧会名について]
「トレース(痕跡)」という言葉は、写真の発明以来、時間の痕跡を留めるメディアの代名詞として、その概念と深く結びついてきました。写真術とは、時間のなかのある特定の瞬間の光をとらえ、記録し、その痕跡またはその瞬間の物質の姿かたちを残すプロセスです。また、生物学における「トレース・エレメンツ」は、「微量元素」* という、私たちの体内に保持されている微量ながらも生命活動に不可欠な元素を意味します。
本展の2人のキュレーターはこの「トレース・エレメンツ」という言葉を、新たな記憶を創り出し、自我、自意識、個人あるいは集団の歴史を繋ぎとめる写真メディアの力を象徴するものとして、肯定的に用いています。
*「微量元素(trace element)」・・・生物学において生命活動に不可欠な元素のうち生物の体内に保持されている量が比較的少ない元素のこと。一般に、生体含有量が鉄以下の元素を指す。さらに、微量ながら生命活動に欠かせない元素を「必須微量元素」と呼び、ヒトにおいては鉄、亜鉛、銅、マンガン、ヨウ素、モリブデン、セレン、クロムおよびコバルトが知られている。