武満徹作曲賞
2010年度 武満徹作曲賞 ファイナリスト決定(審査員:トリスタン・ミュライユ)
2009.12.07
1997年に始まったオーケストラ作品の作曲コンクール「武満徹作曲賞」は、毎年ただ1人の作曲家が審査にあたります。12回目(2005年と2006年は休止)となる2010年度は(2009年9月30日受付締切)、106曲の応募作から、規定に照会の上、30ヶ国86作品が正式受理されました。そして、2009年10月中旬から11月末にかけて、トリスタン・ミュライユによる譜面審査の結果、下記4名がファイナリストに選ばれました。
なお、譜面審査に際しては、作曲者名等の情報は伏せ、作品タイトルのみ記載されたスコアを使用しました。
ファイナリスト(エントリー順)
アンドレイ・スレザーク(スロバキア/ハンガリー) Andrej Slezák
[作品名]
Aquarius
1980年12月31日、ブラチスラヴァ生まれ。2003年、ブラチスラヴァ音楽院ピアノ・作曲専攻卒業。その後、ブダペストのリスト音楽院で教育を受けながら、ジャズの作曲や即興も学ぶ。2006年に渡仏し、奨学生としてパリ国立高等音楽院にて学び、翌年、ディプロマを取得。ディミトリ・ミトロプーロス国際コンクール(2009年/アテネ)をはじめ、シュタットプファイファー(2008年/ザルツブルク)、ツァイトクラング(2008年/ウィーン)、ジャズ作曲コンクール(2006年/ブダペスト)、音楽院コンクール(ブラチスラヴァ/2003年)など、国内外のコンクールにおいて様々な賞を受けている。
ホベルト・トスカーノ(ブラジル) Roberto Toscano
[作品名]
...FIGURES AT THE BASE OF A CRUCIFIXION
1982年5月14日、サンパウロ生まれ。現在、タフツ大学作曲専攻修士課程に在籍中。作品はこれまでに、南米、北米、ヨーロッパにて、演奏、放送されている。作風は常に音楽以外のアーティスト(20世紀の造形芸術家たちから、新たな空間のデザインや概念を拡げる近現代の建築家たちまで)の作品や考えと深く結びつき影響を受けたものである。最近の作品には、バリトンサックスとオーケストラのための《Krajcberg Sinfonia》、オルガンのための《Atmospheres: Cascades》、弦楽四重奏曲第2番、ヴァイオリンソロのための《Cadenza i & ii》などがある。また、アメリカおよび海外での「新しい音楽」の演奏会やイベントの催しを促すために設立された、作曲協会"Nova-Composers"を主宰している。
難波 研(日本) Ken Namba
[作品名]
Infinito nero e lontano la luce
1983年9月19日、静岡県浜松市生まれ。東邦音楽大学音楽学部作曲専攻を首席で卒業後、同大学大学院音楽研究科音楽表現専攻作曲領域を修了。1998年に「静岡の名手達」(静岡音楽館AOI主催)に選出され、以後国内で多くの著名な演奏家によって作品が演奏されているほか、海外に於いてもコソボやウィーンで作品が紹介されている。2008年、第1回イタリア文化会館日本国内作曲コンクールで審査員満場一致で最優秀賞を受賞。これまでに作曲を荻久保和明、長生淳、糀場富美子、カルロ・フォルリヴェジ、ルネ・シュタールの各氏に師事。
山中 千佳子(日本) Chikako Yamanaka
[作品名]
二つのプレザージュ
1983年7月3日、岡山県赤磐市生まれ。第74回日本音楽コンクール作曲部門入選。2007年、東京藝術大学音楽学部作曲科首席卒業、アカンサス音楽賞受賞。2009年、同大学大学院音楽研究科作曲専攻修士課程修了。同年、日本現代音楽協会「コンテンポラリー・ヴィルトゥオーゾ!」にて、チェロとピアノのための二重奏作品《Rinne》改定初演。主作品は《夜想曲 I》(2003)、室内楽作品《ディシリエ》(2005)、《左手のためのピアノとヴァイオリン、チェロに捧ぐ三つの断章》(2006)、オーケストラのための《Cytogenesis》(2007)など。これまでに青木省三、永富正之、野平一郎、尾高惇忠の各氏に師事。
「2010年度武満徹作曲賞 譜面審査を終えて」 審査員:トリスタン・ミュライユ
【総評】
しばしば起こることですが、何であれ選考会の審査員間で意見が多様になりすぎると、それらがお互いを打ち消しあって、結果として凡庸な中間点に落ち着いてしまいます。そうなると、たとえ刺激的であっても賛否両論を呼ぶ作品は、日の目を見ないことになりかねません。
このような陥穽を避けるために、武満徹さんは思い切った素晴らしいアイディアを提示されました。たった一人の審査員、かつ毎年異なる審査員、という制度です。
しかしながら、いざ審査員という立場になってみると、独りでコンクールの賞を授けなければいけない、しかも80数曲にものぼる大オーケストラ作品(それも、複雑に書かれています)の中から選出させていただく、という判断の責を担うのは、とても怖ろしいこと、身のすくむような体験なのです。私自身もはっきりわかっていますが、私の判断はきわめて主観的でしたし、どこかで誤っている可能性だってあります。いくつか優秀な作品を、もっと言えば適切な作品でさえ、見逃しているのかもしれません。けれども、武満さんの考え出したこの制度の美しさ、それは、私のいたらぬところを、私の仲間たち、これから未来へと続く審査員の方々が修正してくださる、という点なのです(もっとも、その方々もまた、自らの個性に応じたミスを犯されることになりそうですが・・・)。いずれにせよ、私が見逃してしまったかもしれない、賞に値する作品のつくり手の(お名前も拝見していない)方々に心から申し上げますが、どうか私をお赦しになり、ぜひ再度挑戦なさってください。
総じて、いただいたスコアはたいへん高い水準のものであると感じました。そのほとんどはプロフェッショナルな書法に達していましたし、多くの作品は、少なくとも何らかの面で興味深いアプローチ ── 音響、チューニング、楽器の組み合わせ、などなど ── が採られています。
それでも敢えて、多少批評がましいことを言ってしまうと、一定数のスコアに於いては、どうも不必要で効果的とも思えない複雑さが散見された、と指摘できるかもしれません(その多くは、同時代の新しい演奏法を知悉しているソロ奏者たちに向けて書かれたように思われ、オーケストラ ── 残念ながら、新しい作品を練習する時間も財政的余裕も限られています ── 向けとは言いにくい、と判断しました)。もうひとつは、あの雪崩のような同音反復の多用 ── この技法自体が、もう長い間多くの作品で反復されてしまっています ── であるとか、雲のように積み上がる「特殊奏法」の数々 ── これもまたトレンディーなマニエリスムですね、音楽としての必然性が伴わず、正当化できない場合が、少なからずありました ── には、多少の倦怠感を禁じ得ませんでした。その他、些細な問題と言えなくもありませんが、指摘しておきます。一部のスコアはあまりに細かく表記されていて、ほとんど判読できない部分がありました。逆に、あまりにも大きなスコアで扱いに困ってしまったものもあります。最後に、一部のスコアに於いては、移調楽器について、移調して記譜されているのか、実音で表記されているのか断り書きがありませんでした…。そして残念ながら、容易に推測できる場合は、それほど多いとは言えなかったのです。
楽曲のスタイル及びインスピレーションの方向性は、きわめて多様でした。そのため、それらを比較考量することが困難になります。結局私は、フランスの作家であり映画人であったジャン・コクトーが若い芸術家たちに向けて言っていた「"Etonnez-moi !" / 私を驚かせてほしい」という言葉を思い出して、それをもとに判断することにしました。それで、私自身の楽曲スタイルについての嗜好を、努めて度外視して ── 完全に忘れ去ることはどうしてもできませんでしたが ── そうして、私の耳も心も、予測を超えた音響やコンセプトに対してオープンな状態にしておこう、と努力したのです。その結果、最終選考に残った作品のうち、少なくともいくつかは、私が自らに課した審査姿勢のゆえにこの場でご紹介できるものだ、と言っても、決して過言ではないものとなりました。
また、もっと「客観的」な規準も挙げておきましょう。「音高の組織化は首尾一貫しているか?」「音響の組み合わせ ── それが通常の演奏法に依るものであれ、新しい器楽奏法を活用したものであれ ── には、妙味があるか?」「リズムに於いて生硬にならず、一定以上の柔軟さを感じさせるか?」「タイミングや間合いを上手に図って、印象深く記憶に残る音楽的構造を、楽曲に備えさせているか?」
以上さまざまに考慮を重ねた結果、最終的に、私は候補作を4曲に絞らせていただくことにいたしました。各々の作品に、十分なリハーサル時間を充てるべきだと思ったのです。これらは皆、オーケストラにとっての技術的な難所に事欠きませんし、他方では、洗練され、細心の注意をもって記譜された詳細部分を明晰に、かつ美しく演奏していただきたく、そのためには練習スケジュールに余裕があった方が良い、と考えるに到ったわけです。
以下、提出(受付)番号順に、最終候補作品をご紹介させていただきます。
■ Aquarius
新鮮な音のテクスチュアが精緻に連鎖してゆくように構築された曲で、興味深いかたちで展開変遷を遂げ、それを透明感のあるハーモニーが包んでいます。
■ ...FIGURES AT THE BASE OF A CRUCIFIXION
深く沈んだ表現主義的な作品で、強いジェスチュアのフレーズに富み、劇的な発展性を帯びていて、その音響は、暗く混濁した肌触りです。
■ Infinito nero e lontano la luce
ハーモニーに於いて、柔らかさと明澄さを融け合わせた作品であると同時に、演奏者にとっては、特殊奏法と名技性を要求される楽曲です(オーケストラのピアノ奏者にご負担をおかけすることになり、私も恐縮に感じておりますが…)。
■ 二つのプレザージュ
音楽の空間性が追求されている一方で、注意深く練り上げられたオーケストレーションが示され、また、多様な音のジェスチュアが色彩感を添えています。
2009年12月
トリスタン・ミュライユ
翻訳:後藤國彦
◎本選演奏会情報
2010年5月30日[日]15:00
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル
コンポージアム2010
「2010年度武満徹作曲賞本選演奏会」
審査員:トリスタン・ミュライユ
指揮:大井剛史
東京フィルハーモニー交響楽団
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