武満徹作曲賞
2016年度 武満徹作曲賞 ファイナリスト決定(審査員:一柳 慧)
2015.12.2
1997年に始まったオーケストラ作品の作曲コンクール「武満徹作曲賞」は、毎年ただ1人の作曲家が審査にあたります。
18回目(2005年と2006年は休止)となる2016年度(2015年9月30日受付締切)は、104曲の応募作から、規定に合致した、33ヶ国97作品が正式に受理されました。そして2015年10月初旬〜11月中旬にかけて2016年度審査員の一柳 慧による譜面審査の結果、下記4名がファイナリストに選ばれました。
この4名の作品は2016年5月29日[日]の本選演奏会にて上演され、受賞作が決定されます。
なお、譜面審査に際しては、作曲者名等の情報は伏せ、作品タイトルのみ記載されたスコアを使用しました。
ファイナリスト(エントリー順)
ミヒャエル・ゼルテンライク(イスラエル) Michael Seltenreich
[作品名]
ARCHETYPE
ARCHETYPE
1988年6月5日、テルアビブ生まれ。作品はイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、イスラエル・オペラ、イスラエル放送交響楽団を含むオーケストラやアンサンブルで演奏されている。イスラエル・オペラで主任オーケストレーターを務めた後、パリで学んだ。サルヴァトーレ・マルティラーノ作曲賞(アメリカ・イリノイ州)において最年少で第1位受賞の他、最近では「傑出したオーケストラ作品に贈られる」アーサー・フリードマン賞やフランク・ロバート・アベル室内楽作曲コンクール(アメリカ・ケンタッキー州ルイビル大学)において受賞した。テルアビブ大学卒業。2014年よりジュリアード音楽院修士課程においてマティアス・ピンチャー氏に師事。
http://www.michaelseltenreich.com
パク・ミョンフン(韓国) Myunghoon Park
[作品名]
triple sensibilities
triple sensibilities for orchestra
1980年10月16日、ソウル生まれ。漢陽大学校(ソウル)においてイ・ジョング氏に、ケルン大学の器楽・電子音楽作曲科において、ヨルク・ヘラー、レベッカ・サンダース、ミヒャエル・バイル、ヨハネス・シェルホルンの各氏に、ロベルト・シューマン音楽院(デュッセルドルフ)において、ホセ・マリア・サンチェス=ヴェルデュ氏に師事し優秀な成績を収めた。国際尹伊桑作曲賞大賞、WDR作曲コンクール(ケルン)、ガウデアムス音楽週間(アムステルダム)で受賞、エリザベート王妃国際コンクールファイナリスト。Ensemble Einsにおいて芸術監督を務め、漢陽大学校において作曲を教えている。
http://www.myunghoonpark.com
中村ありす(日本) Alice Nakamura
[作品名]
[作品名]Nacres
Nacres for Orchestra
1982年6月19日、東京都港区生まれ。2007年東京音楽大学大学院作曲指揮専攻作曲研究領域修了。第2回東京音楽大学学長賞、第82回日本音楽コンクール作曲部門第2位受賞。映像作品『Lost Utopia』では、レッドスティック国際アニメーション映画祭2009レッドバトン賞(実験/音楽部門の最優秀賞)等を受賞。近年の作品には、《RCH(NH2)COOH for Clarinet in B♭& Pianoforte》(2013)、《32.7℃ for Vibraphone (with Cymbal)and Pianoforte》(2014)、《WEEW WOW for Wind Orchestra and Strings》(2015)、《Phra-a-phay-ma-nii for Men’s chorus》(2015)などがある。作曲を西村 朗、久田典子、植田 彰、ピアノを竹島悠紀子、宮原節子、ユリア・コズロヴァ、ジャズ・ピアノをビル・オーガスティン、槙田友紀の各氏に師事。
茂木宏文(日本) Hirofumi Mogi
[作品名]
不思議な言葉でお話しましょ!
“Let’s speak in Wondrous Words!” for Orchestra
1988年1月8日、千葉県野田市生まれ。2014年東京音楽大学大学院作曲指揮専攻作曲研究領域修了。これまでに作曲を池辺晋一郎、糀場富美子、鈴木純明、西村 朗、原田敬子、藤原 豊、村田昌己の各氏に師事。指揮を汐澤安彦、時任康文、野口芳久の各氏に師事。現在、東京音楽大学研究員。《Violin Concerto -波の記憶-》で第3回山響作曲賞21を受賞。2015年ヴァレンティノ・ブッキ国際作曲コンクールファイナリスト。2015年度奏楽堂日本歌曲コンクール第22回作曲部門(一般の部)第3位及び畑中良輔賞受賞。東京ハッスルコピーより、ティンパニと4人の打楽器奏者のための《時の標本》が出版されている。
「2016年度武満徹作曲賞 譜面審査を終えて」 審査員:一柳 慧
【総評】
提出された作品の多くには、極めて多様な視点や角度からのテーマや、コンセプトやイマジネーションなどに対する、音楽的考察が見られました。その情景を見ていると、オーケストラには、これからの若い人達にとっても、まだまだ多くの可能性や未知への希望が存在しているのが感じられ、その点で今回の審査は充実度の高いものになりました。
読譜にはかなりの時間と労力を費やしましたが、何よりも力付けられたのは、若い作曲家達の音楽とオーケストラに取り組む姿勢が、今日の作曲を、純粋なシリアス・ミュージックとして把えて書く情熱や意志に支えられていると感じられたことでした。
多種にわたって披露されているさまざまな特殊奏法、微分音や、非平均律的アプローチや、木管楽器などの、多彩なマルチフォニックの使用における独特の奏法とそれらの的確な記譜法、規格化されない自由な内容を志向する時間の複層化した扱い、オーケストラの場所の配置換えなどは、多くの若い作曲家達にとってもはや普遍的な語法として定着してきているように思いました。
よく言われているように、昨今は、戦後の20世紀後半の厳しい、しかし理想を謳歌できた時代の音楽を経て、ポストモダンと呼ばれるような状況の渦中にあります。ともすればどんな音楽を書いても許容されるような雰囲気に支配されがちな環境下にありながら、若い人達が、それに足を掬われることなく、しっかりした芸術音楽を、次なる時代の創造に向けて作曲する意識を持ってのぞんでいる事が見受けられて頼もしい思いを持ちました。
応募作の中には、脱慣習化を目指しているものも少なくなく、また、オーケストラの用い方に、実験性や前衛的精神が横溢しているものもあって、そのような作品が、高揚した状況をつくり出してゆく予感がしています。
東京オペラシティ文化財団が根本の精神性を大切に、継続しているこの武満徹作曲賞、その理念に思いを馳せる時、私にとって今回の入選作は、次の4作品に帰結しました。
【本選演奏会選出作品について】(エントリー順)
■ ARCHETYPE
生き生きとした発想による、音楽を展開する力が全体に漲っていて、緊張感の高まりを覚えます。各楽器の使い分けと、洗練されたオーケストレーションのテクニックが一体となって提示され、それが、それぞれのセクションの楽器群の存在感を際立たせ、作品の構造に反映されています。
ニュアンスの付け方に繊細な工夫が感じられ、そこから音楽の振幅と表現の豊かさが伝わってくる独特の作品と言ってよいでしょう。
■ triple sensibilities
配慮がゆきとどいた丁寧な楽器の扱いと、その活用によって、音楽の質感が高められているのを感じさせる作品です。浸透し合う楽器間の音の出入や、音色に対する敏感な感受性が、音楽の一貫した流れの中に生かされて、その書法が音楽全体に、繊細さと力強さを共鳴させ合っています。
ソフトな音の楽器のみならず、金管群にも充分場を与え、それらの特殊奏法も自然な形で配されているところは、この作曲家の鋭い感性の反映として聴こえます。
■ Nacres
いわゆる描写的でない、はっきりしたビジュアルな対象のイメージを音楽的に分析し、その内容を深く洞察した作品で、全体を通して発想の豊かさを感じます。微分音の生かし方も必然性があり、全体の構成の中で後半に出現してきて、イメージを更に際立たせる役割を果たしていて秀逸です。楽譜を読んでいて、どんどん引き込まれる作品で、音楽への興味が果てしなく拡がるのを感じました。詩的な佇まいを持った希有な作品と言えるでしょう。
■ 不思議な言葉でお話しましょ!
リズムとポルタメントという2つの異なる要素の使い方が独特。よく練られた構想が随所に見られます。音楽的内容が転換する場所では、作者の言う不思議な音の世界が立ち現れ、そこではあたかも日本の序破急のような感覚が示されて、次につながる緊迫感を形成する役割を果たしています。細かい動きを交えた質感が、終りへ向けて弛緩することなく保持され、あまたの音が遍在する音の環境は、失われることなく、最後迄維持されて聴く者を惹きつけます。
一柳 慧
2015年11月
◎本選演奏会情報
2016年5月29日[日]15:00
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル
コンポージアム2016
「2016年度武満徹作曲賞本選演奏会」
審査員:一柳 慧
指揮:川瀬賢太郎
東京フィルハーモニー交響楽団
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