武満徹作曲賞
2025年度 武満徹作曲賞 ファイナリスト決定(審査員:ゲオルク・フリードリヒ・ハース)
2024.12.5
1997年に始まったオーケストラ作品の作曲コンクール「武満徹作曲賞」は、毎年ただ1人の作曲家が審査にあたります。
27回目(2005年と2006年は休止)となる2025年度(2024年9月30日受付締切)は、139の応募作品から、規定に合致した、33ヶ国(出身国・出身地域)137作品が正式に受理されました。そして2025年度審査員ゲオルク・フリードリヒ・ハースによる譜面審査の結果、下記4名がファイナリストに選ばれました。
この4名の作品は2025年5月25日[日]の本選演奏会にて上演され、受賞作が決定されます。
なお、譜面審査に際しては、作曲者名等の情報は伏せ、作品タイトルのみ記載されたスコアを使用しました。
ファイナリスト(エントリー順)
チャーイン・チョウ(中国) Jiaying Zhou
[作品名]
潮汐ロック
Tidal Lock for orchestra
1995年、上饒生まれ。上海音楽院作曲指揮科博士課程に在籍し、ジエンミン・ワン、エルマー・ランプソン、スー・シャオの各氏に師事。これまでに中国NCPA管弦楽団、上海交響楽団、上海フィルハーモニー管弦楽団、貴陽交響楽団、上海民族楽団、ASEANコンテンポラリー室内アンサンブル、ディン・イー室内アンサンブル(シンガポール)と共演。
我妻 英(日本) Suguru Wagatsuma
[作品名]
管弦楽のための《祀》
MATSURU for orchestra
1999年、山形県山形市生まれ。東京音楽大学作曲指揮専攻作曲「芸術音楽コース」を経て、同大学院修士課程作曲指揮専攻作曲研究領域芸術研究修了。これまでに作曲を木島由美子、名倉明子、伊左治直、故西村朗、細川俊夫の各氏に師事。サントリーホールサマーフェスティバル2021にてマティアス・ピンチャーの公開作曲ワークショップに作品が選出される。2023年にIPDA第23回国際ピアノデュオコンクール作曲部門にて大賞(第1位)を受賞、受賞曲は翌年の第24回同コンクール演奏部門の本選課題曲となった。2024年から武生国際音楽祭作曲ワークショップのアシスタント作曲家を務め、同音楽祭で作品が演奏されている。
金田 望(日本) Nozomu Kaneda
[作品名]
2群のオーケストラのための《肌と布の遊び》
The Play for Skin and Fabric for 2 orchestras
1992年、新潟県新潟市生まれ。国立音楽大学音楽学部音楽文化デザイン学科作曲専修卒業。同大学院修士課程、同大学院博士後期課程修了。学部卒業時に有馬賞、修士課程修了時に最優秀賞を受賞。武満徹に関する研究で博士号を取得。2019年第10回JFC賞作曲コンクール入選。2020年第1回松村賞受賞。作曲を川島素晴、藤井喬梓、丸山和範、作曲理論を小河原美子、音楽学を白石美雪、友利修の各氏に師事。現在、国立音楽大学大学院非常勤助教、桐朋学園大学音楽学部、桐朋学園大学附属子供のための音楽教室非常勤講師。
https://nozomukaneda.studio.site
フランチェスコ・マリオッティ(イタリア) Francesco Mariotti
[作品名]
二枚折絵
Diptych for orchestra
1991年、カルペーニャ生まれ。現在、ローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミアでアレッサンドロ・ソルビアッティに、ミラノのジュゼッペ・ヴェルディ音楽院でフェデリコ・ガルデッラに作曲を師事。シエナのキジアーナ音楽院でサルヴァトーレ・シャリーノのもと、ディプロマを取得。2022年第4回国際作曲家コンクール「ニューミュージック・ジェネレーション」第1位、2022年及び2024年デュエ・アゴースト国際コンクール特別賞を受賞。ルチアーノ・ベリオ国際作曲コンクールではファイナリストに選ばれ、作品はミラノ・ムジカ音楽祭、Festival 5 Giornate、ポンティーノ音楽祭、キジアーナ音楽院をはじめ、スペイン、ブルガリア、ロシア、カザフスタンなど幅広く演奏されている。
「2025年度武満徹作曲賞 譜面審査を終えて」
審査員:ゲオルク・フリードリヒ・ハース
【総評】
今私たちは、音楽史上もっとも興味深い時代に生きている。これほど多様な音楽がこれほど容易に入手できることは過去になかった。インターネットのおかげで、私たちは数分以内に世界中の、かつあらゆる時代の音楽にアクセスできる。もっとも、それらの音楽が実際に鳴り響いた音響的な世界や社会的な状況は無理だが、少なくとも表面的には聴くことができる。
私たちは楽譜ソフトのおかげで、記譜をたちまち、かつ人間の能力の不十分さに制約されずに、実際の音にすることができる。微分音の音程や和音も、マウスのクリックによってすぐに聴くことができる。
調性は失われた。その代わりに私たちは無数の和声的、音響的、リズム的、形式的な可能性を見出した。
武満徹作曲賞は、一人の審査員が結果を決める珍しいコンクールである。多くの作曲コンクールにみられる、審査員たちの最低の共通分母で結果が決まるという弱点は、ラディカルかつ主観的な選択というチャンスに取って代わられる。
その責任は重く、危険を伴う。
私は、自分が本当に新しく重要なものを認識する能力があるのか、自問した。もしタイムマシンに乗って過去へ行ったとしたら ─ しかも、その時代の知識しかもっていなかったとしたら ─ 私はポーリン・オリヴェロス、エリアーヌ・ラディーグ、ジュリアス・イーストマン、ジョン・ケージ、ジャチント・シェルシ、エリック・サティの資質に気づけただろうか。
私は敢えてラディカルなことを試み、ラディカルな決断を独自に下すことができるアーティストを探していた。
そしてそうした4人を見出すことができたと思っている。それぞれ、まったく違っている。それぞれ、一貫して自らの道を進んでいる。これらの4人に対して私はこう伝えたい。「私はあなたたちを信じている。さらに発展を遂げてほしい」
そして「選ばれし者たち」の小さな輪に ─ 多かれ少なかれ僅差で ─ 入れなかった多くの者たちに対しては、こう伝えたい。「私があなたたちの作品の価値を十分に評価できなかったのは私の問題であって、あなたたちの問題ではない。そのことに惑わされず、さらに発展を遂げてほしい」
却下されるのがどんな気持ちか、私はよくわかっている。私自身、武満徹作曲賞のような規模の大きなコンクールで受賞の経験はない。
音楽の未来は私たち全員の前途に広がっている。
やるべきことはたくさんある。
【本選演奏会選出作品について】(エントリー順)
■ 潮汐ロック
はるか彼方の宇宙では、冥王星とその衛星カロンが、離心率の高い楕円軌道で太陽の周りを回っている。この2つの天体の間の引力はひじょうに大きく、例えば地球と月の間の引力よりもはるかに強い。それらの天体が互いに非常に近く、質量の差が比較的小さいためである。
ときに緊張が解ける瞬間がある。表面上の細いひびから、巨大な割れ目へと。ときに揺れや振動…が凍った湖の上を波のように広がる ─ すなわち潮汐ロックである。
この曲は、こうした現象を芸術的な手法で音に変換することに成功している。四分音の翳りのあるユニゾンまたはオクターヴ、つまらない調性和音の名残り、ときおり用いられるマルチフォニックス ─ それらは脆弱性、距離、冷たさのメタファーである。
本作が冥王星とカロンの表面の動きを数学的・物理的に分析した結果に基づいているのか、あるいは作曲者が天文学の法則にインスパイアされて自由に作曲したのかは、スコアのみからは判断できない。しかしそれは無関係だ。
でも関係あるのは、《潮汐ロック》の序の最後に書かれている一文である。「潮の盛り上がり、潮の引きずり、そしてそれがやがて潮汐ロックへと至るプロセスにおいて、広大な宇宙の中で小さなロマンティックな詩が書かれる」
記されているオーケストラ楽器の配置は、作品にとって不可欠なものである。しかし、冥王星が左(または前)、カロンが右(または後ろ)のように単純に示されているわけではない。音の動きは自由に作曲されている。音高や音量、音色などが音楽表現であるのと同じく、それも音楽表現の要素なのだ。
■ 管弦楽のための《祀》
すばらしい作品だ。
細部にこだわりぬいて作曲されている。
冒頭では空間配置が聴かれる。ピアノとハープ(それぞれ複数)が舞台の前方の上手と下手に、打楽器が最後方に置かれる。四分音に調弦されたハープの和音が、メタロフォンの振動音と混ざり合う。この空間的効果はのちに繰り返される。そして、あるときは(巨大なクレッシェンドがとつぜん断ち切られたのち)、ソプラノサックスが単独で、観客席の後ろのほうから数息鳴らす。
すべての弦楽器がG線を有する ─ しかもオクターヴ違いの2つの音高で。作曲者はこのことによって、すべての弦楽器がG線でまったく同じ基音を弾いた時のちがった倍音を得ようとしている。これはひじょうに大きなエネルギーを生み出す。
また、オーケストラの奏者たちは声も効果的に、ドラマティックに使う。掛け声の意味はわからないし、名前が挙がっている人たちが誰なのか知らないが、その背後の音楽の力は感じる。電子辞書で “matsuru” を英訳すると、「祀る」または「固定する」という意味がでてくる。本作品は、このせわしない世界において人 ─ 作曲家 ─ がどうにかして自分自身を固定しようとするさまを見事に描いている。
■ 2群のオーケストラのための《肌と布の遊び》
完全5度のシーケンスが互いに重なり合っている。それだけである。シンプルなリズムで。
時折、5度は完全4度に置き換えられる。そして時には1オクターヴまたはそれ以上で移動する。
ときおり、単純な全音階的な旋律が現れる ─ 完全5度の平行和音が互いに重なり合って。
すべてがピアノから始まる。ピアノ・パートがほんのわずかでも技巧性をもって書かれていればピアノ協奏曲と呼べるだろうが、まったくそんなことはない。
オーケストラは右側と左側に分けられている。ピアノは中央に置かれる。2つのオーケストラ・グループはちょうど鏡像になるように配置されている。
音の空間配置は、作品の重要な部分である。
一見すると、《肌と布の遊び》はアマチュア的な作品だと思うかもしれない。しかし、楽器編成の正確性、空間的な配置の洗練、限られた音楽素材の中での多様な趣向、注意深く配置されたパターンからの逸脱を見れば、この作品が音に対する強い芸術的なイマジネーションに基づいていることは明らかだ。
楽譜に耳を傾けながら、私はすぐにこの透明な構造の魔力に魅了された。
《肌と布の遊び》は、アルヴォ・ペルトとスティーヴ・ライヒの伝統の延長上にあると考える。彼らは「新しい音楽」を、だれも何か新しいことができると思っていなかった場所に見つけたのである。
この作品は、モートン・フェルドマンが完全5度と完全4度のジャングルに巻き込まれ、全音階と単純なリズムでしか前進できなかったかのように聴こえる。
この作品は演奏がひじょうに難しい。正確な音程が要求される。完全4度と完全5度においては、聴き手の耳はごくわずかなズレしか許容しないからだ。リズムの正確性と美しい響きは、演奏を成功させるための不可欠な条件である。
本作品は、日本を代表するファッションデザイナーの一人、三宅一生(1938~2022)の思想および作品からインスパイアされた。
■ 二枚折絵
本作品では「響き Klang」の語法の明瞭さが印象的だ。作曲者は、「現代的な」オーケストレーション語法の常套手段に頼らずに、意識的に作曲する意図と能力を持っている。それぞれの音楽のユニットは価値のあるアイデンティティとして扱われ、それぞれが独自の集合的な宇宙を創造する。反復することでその美しさはつねに意識される。聴いたものが戻ってくることは、わかっている。でもどこで戻ってくれるかはわからない。
《二枚折絵》は短い線 ─ ひっかき傷のような ─ で始まる。弦楽器はフォルテのユニゾンで始まり、それが下へ向かってグリッサンドし、やがて静かになり、ぼやけ、木管楽器によって彩色される。
作曲者は、強弱や形式的区分の長さに大掛かりなコントラストを用いている。
遅いテンポの第1部に続き、第2部はさらに遅くなる。静かな和音反復のモチーフが、ゆっくりとした5連符で展開される。休符。反復。休符。このモチーフは合計16回繰り返される。最初の挿入は大音量で、その後音量はピアノの領域にとどまり、ごくたまに単発のスフォルツァートのアクセントが加わる。終わる直前に、カタストロフが起こる。残忍な身振りが、鞭の音で頂点に達する。それに続いて高音の微分音の振動が聴こえる。そして再び5連符のモチーフが現れる。
オーケストラは小編成だ。木管8人のみ、金管5人のみ、打楽器2人、ティンパニ、ハープ、ピアノ。作曲者は弦楽の大きさについては何も記していないが、せいぜい12-10-8-6-4かそれ以下にするべきだ。
様式の面では、《二枚折絵》はミニマリズムと表現主義が組み合わされている。オーケストラが正確で美しい響きを作り出し、強弱面で差別化された解釈をすれば、この作品は非常に印象的なものになるだろう。
2024年11月24日 ニューヨークにて
ゲオルク・フリードリヒ・ハース
(訳:後藤菜穂子)
◎本選演奏会情報
2025年5月25日[日]15:00
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル
コンポージアム2025
「2025年度武満徹作曲賞本選演奏会」
審査員:ゲオルク・フリードリヒ・ハース
指揮:阿部加奈子
東京フィルハーモニー交響楽団
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