武満徹作曲賞

審査結果・受賞者の紹介

2012年度

審査員

© Kaz Ishikawa
細川俊夫(日本) Toshio Hosokawa (Japan)

本選演奏会

2012年5月27日[日] 東京オペラシティ コンサートホール
指揮:十束尚宏、東京フィルハーモニー交響楽団

受賞者

第1位

フェデリコ・ガルデッラ(イタリア)
Mano d'erba
(賞金110万円)

イオアニス・アンゲラキス(ギリシャ)
une œuvre pour l'écho des rêves (II)
(賞金110万円)

第2位

該当者なし

第3位

木村真人(日本)
私はただ、寂黙なる宇宙に眠りたい
(賞金40万円)

薄井史織(日本)
笑い
(賞金40万円)

左より、薄井史織、イオアニス・アンゲラキス、細川俊夫、
フェデリコ・ガルデッラ、木村真人の各氏
photo © 大窪道治

審査員:細川俊夫 講評

私はこれまで武満徹作曲賞のファイナルコンサートを、何度か一人の気ままな聴衆として聴いて楽しんできましたが、今回は審査する立場に回り、気楽に楽しむどころではなくなりました。それにしても、東京オペラシティ文化財団の、選ばれた4人の作曲家に対する細やかな配慮と思いやりは、内部に入って初めて分かりましたが、まったく感動的なものです。彼らは日本に招待され、素晴らしい高級ホテルに泊めてもらい、おいしい日本料理に招待され、そして何より東京フィルハーモニー交響楽団が素晴らしい演奏をして下さる。 指揮者の十束さんが実に良くスコアを勉強され、忍耐強くたくさんの練習をされる。

私も若い頃はオーケストラの練習で意地悪をされたり、団員が言うことを聞いてくれなかったり、散々ひどい目に遭ってきましたが、今回の練習を見る限り、まったくそういうことはない。オーケストラの皆さんは本当に規律正しく、紳士的で、若い作曲家の言うことをよく聞いて、忍耐強く練習される、そのオーケストラの姿に深く感動しました。コンクールのファイナルコンサートで、ここまで高いレベルの演奏をしてくれるコンクールは、世界でもまずここにしかないのではないでしょうか。私ももし、もう30年ほど若かったら、この武満徹作曲賞に応募して、ここに選ばれて演奏してもらいたかったです。

まず、指揮者の十束尚宏さん、東京フィルハーモニー交響楽団、そして東京オペラシティ文化財団の皆さんに心からの敬意を表したいと思います。それでは今日演奏された作品を1曲ずつ講評していきます。

■ 木村真人さん《私はただ、寂黙なる宇宙に眠りたい》
木村真人さんの作品は、明確なコンセプトと、この人が聴きたい音楽、音響が最初から最後まで貫かれている作品です。東洋の墨絵や山水画の薄い墨でさまざまな濃淡をつけていくような音楽、そして彼には何より聴きたい音、音楽以前に音響があり、その音響をどのように生み出せばいいのか、それに対する強い興味と実際的な探究がなされています。何より私がこの人の音楽で素晴らしいと思うのは、自分が心の奥で聴きたいと思っている音響を、作曲を通して探究していることです。多くの若い作曲家は、自分の心の奥に本当に聴きたい音楽をもっているのでしょうか。木村さんの作品の題名《私はただ、寂黙たる宇宙に眠りたい》という彼の強い心の奥の願い、それを音を通して実現しようとしている彼の作曲態度に私は感銘を覚えます。今回の作品でもっとも優れているのは、冒頭の「サイレンス」と名付けられた一番最初の曲で、微細なハーモニーの、静かなほとんど聴き取れないような反復音が積み重なって、深い静けさのなかで耳を傾ければ、さまざまな音たちの表情が聴こえてきます。音響を中心に音楽を組み立てていく作曲法は、エドガー・ヴァレーズを思い起こします。もし、ヴァレーズが宮本武蔵に傾倒したら、このような音楽を書いたかもしれない。
もし私が考える問題点を言わせてもらうなら、この音響の独自な作り方にもう少し手の込んだ構造、ハーモニーの構造、時間の構造があったほうがいい。それがあれば、木村さんの音はより細密に美しく機能するのではないかと思います。それがないと彼の音響は、本当に彼の心の声が響くのではなくて、音のデザイン、装飾的なものになってしまうのではないか。そして彼の記譜法にはかなり問題点があり、それで演奏家がかなり苦労したこともつけ加えておかなければなりません。

■ 薄井史織さん《笑い》
私はこの人のスコアを読んで、この人はクレイジーなイギリス人か、アメリカ人のおそろしく頭のいい男性の作曲だろうと思っていました。それが日本人の若い女性だったので本当に驚きました。彼女の《笑い》は今回見ました作品のなかで、もっとも卓越したアイディアと冒険心に富んだ実験的な作品でした。そしてその冒険に果敢に挑戦する勇気をこの人はもっています。スコアの書き方も綿密で隙間がありません。さまざまな特殊奏法を使っているために、実際にどう響くのかスコアを見るだけでは想像するのが難しい作品でした。演奏するのも今回の4作品のなかでもっとも難しい作品でした。そして実際に素晴らしく成功している部分もあれば、作曲家が思った音が響いていない箇所も多くあったように思います。この《笑い》で問題なのは、音楽的な素材があまりに豊富すぎること、それで全体として、音楽としての集中力に欠けるのではないか。何か中心的な素材をいくつか絞って、それを豊かに展開していくという態度があれば、この音楽はもっと面白い、真に豊かな笑いに通じる作品になったのではないかと思います。しかしこの人の音楽には、あっけらかんとした楽しさと自由さがあり、それはこの人の大きな才能なのだと思います。

■ フェデリコ・ガルデッラさん《Mano d'erba》
フェデリコ・ガルデッラさんの《Mano d'erba》は、今日演奏された作品でもっとも音楽的に完成度の高い作品です。きわめて美しい抑制されたポエジーに溢れている作品で、無駄な音がひとつもありません。音の数はきわめて少なく、他の華麗にたくさん書かれたスコアに比べますと、地味なスコアなのですが、そのひとつひとつに意味がある、ちゃんと考え抜かれていて、そして彼の心の奥で聴きたい音が選ばれて書かれてあります。また、演奏家がとても喜んで演奏できる。これまでの木村さん、薄井さんの作品では、オーケストラの人は自分が何を演奏しているのかよくわからなかったかもしれない。たとえ非常に面白い音響が生み出されていても、自分がオーケストラの一員として、音楽作品づくりに参加している喜びが感じられないオーケストラの書き方が、現代の音楽にはたくさんあります。
今年もし私がこの人に苦言を呈することができるのでしたら、もっとクレイジーなところがあればいい、薄井さんのようなクレイジーな冒険的な面白さがあればいいと思いました。もちろんこれは私自身の作品に自分でも言いたいところですけれども。

■ イオアニス・アンゲラキスさん《une œuvre pour l'écho des rêves (II)》
そして最後のイオアニス・アンゲラキスさんの作品は、現在23歳の若く天才的な才能をもった若い作曲家の、生き生きとした音響に満ちた音楽です。若いメンデルスゾーンの響きを思わせる、若くて才能にあふれた人のみが書きうる音楽です。1ページ、1ページに創意と音楽性に満ちたパッセージが次々と現れます。そしてそこには、音楽的な深さもある。時々、ドキっとさせるような音楽が生まれてくる、驚くべき才能です。しかし作曲家として、まだ未完成な部分もあり、時々、あまりに豊かな音楽の泉のような発想にあおられて、コンポジションとして小さな隙間があるようにも思われました。細部の美しさを配列するときの、自分で編集する力。そのことへのコントロールが、もっときめ細かくなされるようになったら、この人の音楽は、もっと素晴らしいものになるはずです。

それでは結果を申し上げます。第1位はフェデリコ・ガルデッラさんとイオアニス・アンゲラキスさん。第2位はありません。第3位に薄井史織さんと木村真人さんに差し上げたいと思います。賞金の配分は第1位が110万円ずつ。第3位は40万円ずつです。

受賞者のプロフィール

第1位
フェデリコ・ガルデッラ(イタリア) Federico Gardella
Mano d'erba

1979年2月4日、イタリア・ミラノ生まれ。ミラノ音楽院でアレッサンドロ・ソルビアティに作曲を学び、その後、ローマのサンタ・チェチーリア国立音楽アカデミーにてアツィオ・コルギに師事。これまでにディヴェルティメント・アンサンブル、トスカーナ管弦楽団、イ・ポメリッジ・ムジカーリ管弦楽団、レゾナンス・コンタンポレーヌ、トリエステ・プリマから委嘱されている。また、アカデミア・フィラルモニカ、ハーバード大学、マッジョ・フィオレンティーノ音楽祭、ウッチ・フィルハーモニーホール、ミラノ音楽祭、コロンビア大学、トライエットーリエ[カーサ・デラ・ムジカ]、フェスティバル・アレーナ[グレート・ギルド・コンサートホール]、パルコ・デラ・ムジカ音楽堂、ヴォワ・ヌーヴェル、MITO9月音楽祭、ウニオーネ・ムジカーレなど多くの音楽祭等で演奏されている。
http://www.federicogardella.it/

受賞者の言葉
みなさまありがとうございます。この場にいられて本当にうれしく思います。このような場所にまず招いて頂けたことを感謝したいと思います。そして現代音楽を私が知ることができて、それを非常にうれしく思っております。そしてこの武満徹作曲賞という素晴らしい機会を与えてくださいました。それを与えてくださった東京オペラシティ文化財団の方々にも感謝したいと思います。そして細川俊夫先生、まず私に自分の音楽を演奏して下さる場を与えてくださったことを感謝したいと思います。そして私たちと一緒に音楽を共有してくださって、あるいは私たちと時間を共有してくださったことに、改めて細川先生に感謝を申し上げます。そして指揮者の十束尚宏先生と東京フィルハーモニー交響楽団の方々に深く音楽を理解して、そして音として実現してくださったことに感謝いたします。作曲家にとって大切なことは、センシティブな、細かいところを襞に分け入って理解してくださる演奏家の方々と共同して仕事をさせて頂くことだと思っております。この忘れられない瞬間を体験させて頂きまして、本当に心よりありがとうございます。
第1位
イオアニス・アンゲラキス(ギリシャ) Ioannis Angelakis
une œuvre pour l'écho des rêves (II)

1988年7月21日、ギリシャ・テッサロニキ生まれ。テッサロニキ・アリストテレス大学の音楽学部で作曲をクリストス・サマラスに師事。さらに、アテネのモスカート市立音楽院にて和声を学び、同校でギターをN.ハジエレフテリウに師事しディプロマを取得。他に対位法、分析、フーガ、管弦楽法も学んだ。2011年秋よりボストン在住、ボストン大学の修士課程で作曲を学んでいる。
https://www.reverbnation.com/ioannisangelakis

受賞者の言葉
私はまずとても名誉に感じておりますし、また非常に感動しております。この武満徹さんの名前を冠したコンクールで、このように自作を演奏して頂いて、しかも審査を細川俊夫先生にして頂けたことです。オーケストラの皆さん、そして指揮者の先生、そしてマネージメントをしてくださった方々、そしてチーフプロデューサーの方にもお礼を申し上げたいと思います。2つ理由があります。まず、とても温かく歓迎してくださるコンクールだという非常に強い印象をもちました。感謝とともにです。そして意義のある高度な音楽の場というものを継続して作って来られた場所に私も招いて頂けたこと、それは若い作曲家に大きな機会を与えてくださる素晴らしい場所です。私がこれを持ち帰ってフィードバックするときに、この豊かな経験というものは何ものにも代えがたい価値をもっていると思います。ここで正直に申し上げますが、私はいくつかの国際コンクールに今まで参加したことがあります。そしてあえて申し上げますが、私が感じたスタンダード、音楽の質の高さ、演奏の質の高さ、そしてその歓迎してくださるお心遣い、こういうものどれをとっても最も素晴らしいコンクールです。そして指揮者の十束先生に改めてお礼申し上げます。非常に深く、そしてプロフェッショナルな形で私の音楽を読み取ってくださって、しかもそれだけではなくて、それを表情豊かに音として実現してくださいました。そして、東京フィルハーモニー交響楽団の方々です。本当に驚くべき音楽家の方々で、私の指示に心から反応してくださって、そして温かく全身全霊をかけて演奏してくださいました。最後に東京オペラシティ文化財団の澤橋様には7ヶ月前から今日に至るまで、細やかな気配りを頂きまして、ありがたく思っております。そして今日お集り頂いた皆さんにも心から感謝を申し上げます。これが私の日本への最初の訪問でした。日本の人々に温かく迎えられて、そして日本の文化にも心を打たれました。これから何度もこちらに伺いたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
第3位
木村真人(日本) Masato Kimura
私はただ、寂黙なる宇宙に眠りたい

1981年12月1日、東京都大田区生まれ。音楽とは無縁の環境に育つが、坂本龍一の音楽の和声感と電子音の色彩に影響を受け、独学にてピアノを学び始めたことが、作曲を志す契機となった。西洋古典音楽を学ぶ一方、主に邦人作曲家の作品から作曲技法を研究し、日本音楽コンクール作曲部門、2009年度武満徹作曲賞第3位(審査員:ヘルムート・ラッヘンマン)、武生作曲賞の入選、受賞歴がある。現在、電子音響音楽の制作を独学。反復運動を作曲の基幹とし、そこに自然現象におけるカオス事象を投影させながらも、知的構造物としての音楽ではなく、夢幻的霊性を時空間に現出させることに関心がある。

受賞者の言葉
本日はお越し頂きありがとうございます。まずは僕の作品を本選へ推薦してくださった細川先生へ感謝したく思います。この作曲賞に参加させて頂くのは今回で2回目なのですが、前回参加した時の審査員であり、細川先生の同僚でもあるヘルムート・ラッヘンマン氏にも感謝したいと思います。前回の作品の反省がなければ、今回の作品は生まれてこなかったことを考えると、独自の道を歩むお二人の作曲家に僕の作品を気に留めていただけたのは大変光栄に感じています。指揮者の十束さん、オーケストラの方々には困難な要求にもかかわらず素晴らしい演奏をしてくださいました。そして東京オペラシティ文化財団の方々、特に澤橋さんには前回以上に大変お世話になりました。最後にこの作曲賞が音楽の未来に貢献できることを願っております。ありがとうございました。
第3位
薄井史織(日本) Shiori Usui
笑い

1981年10月21日、埼玉県さいたま市生まれ。17歳の時に、イギリス、スコットランドへ移る。作曲をエディンバラ大学でナイジェル・オズボーン、ピーター・ネルソン、マリナ・アダミアに師事した。これまでに、日本、ヨーロッパ、アメリカなどで作品が演奏され、2010年10月から2011年2月までは、BBCスコティッシュ交響楽団でレジデント・コンポーザーを務めた。器楽作品からモーションキャプチャーを利用したものまで幅広く作曲し、ここ数年は、「主に楽器としての身体」をテーマにした作品を生み出している。即興演奏にも興味があり、ノイズヴォーカリスト、そしてピアニストとして、イギリスのエディンバラとポルトガルのリスボンで頻繁に活動を行っている。

受賞者の言葉
みなさんこんにちは。クレイジーな、日本とスコットランドのハーフの薄井史織です。今回の作曲賞は、本当に色々あったんですけども、全体的に言ってとても良い経験をさせていただいたし、なによりも楽しかったです。細川先生が今おっしゃっておられたように、オーケストラのみなさんと一緒にお仕事が出来ると言う事はとっても貴重な経験なんですが、やっぱり色々な価値観を持った方達と一緒にお仕事をするということにもなるので、そこをどういう風に、音楽作りで同じ一つのものを作っていけるか、どういう方向に持っていけるか、というのが私の今回の最大の課題でもありました。
もちろん作品にも、細川先生が今ご批評なさったように、いろいろ直した方が良いところもリハーサルを通してたくさん見えてきましたし、2009年の作品という、なんだか過去の自分を見ているような感じがリハーサル中に何回もしまして、本当にもどかしい思いを経験しました。
でも一日一日が本当にチャレンジで、それでいて「オーケストラって生きているな」っていう感じを一日一日色々な経験の中で感じて、奏者のオーケストラの方々にはいろんな要求をしてしまって、中には「なんだ!」と思ってる方もいらっしゃると思うんですけど、でも、本当に紳士的にプロフェッショナルにやっていただいたのでとても感謝しております。指揮者の十束さんにも色々な要求をしまして、でも毎回毎回ほんとうに紳士的に、先生の立場から、指揮者の立場から色々なご指摘をしてくださいまして、勉強になりました。
もし武満徹さんが生きていらっしゃったらどういうコメントをなされたのかなぁ?という境遇にも何回か陥りまして、その度に色々な思いが巡ったんですけど、本当にみなさんと今回、音楽作りが出来てとても良かったです。
東京オペラシティ文化財団のみなさま、細川先生、澤橋さん、とってもすごくお世話になりました。最後まですごいきめ細かい助けをしていただいて、澤橋さんの力が無かったら大変だったなぁと今思います。どうもありがとうございました。
最後になりますが、この武満徹作曲賞は、日本が世界でも誇れるとても素晴らしい作曲賞だと思います。今回、ほんとうに多くのみなさんがコンクールに来ていただいて、新しい曲に耳を傾けて頂けたことにとても感謝いたします。ほんとうにどうもありがとうございました。
ON AIR

本選演奏会の模様はNHK-FMで放送される予定です。

番組名:NHK-FM「現代の音楽」
放送日未定
NHKオンライン http://www.nhk.or.jp/
NHK-FM https://www.nhk.or.jp/fm/

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