◎オペラ《フェルメールへの手紙》レポート
オペラ《フェルメールへの手紙》は、アムステルダムのネザーランド・オペラで1999年12月1日から2000年1月25日まで初演されました。
映像作家ピーター・グリーナウェイによる台本、グリーナウェイとサスキア・ボデケの共同演出、ワダエミの衣装デザイン、ラインベルト・デ・レウ指揮のASKOアンサンブル/シェーンベルク・アンサンブルによる演奏という豪華アーティストを揃え、全11公演完売と、ヨーロッパ中の話題を集めています。
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公演日:
〈アムステルダム〉1999年12月1, 4, 7, 12日, 2000年1月13, 16, 18, 21, 23, 25日
〈オーストラリア アデレイド音楽祭〉2000年3月
〈アメリカ ニューヨーク リンカーンセンター夏の音楽祭〉2000年7月
音楽の自由人アンドリーセン&映像の才人グリーナウェイの最新のコラボレーション
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『プロスペローの本』『枕草子』など独自の映像世界を創るイギリスの才人ピーター・グリーナウェイと、オランダを代表する作曲家ルイ・アンドリーセンの出会いは、70年代に溯ります。アンドリーセンはグリーナウェイ監督の『英国式庭園殺人事件』を観て、その映像に表現される知性と直接性に惹かれ、またグリーナウェイもロンンドン・シンフォニエッタにより初演された《国家》など70年代からアンドリーセンを聴いてきていました。 |
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91年のモーツァルト没後200年記念の特集で、イギリスBBCの番組のために制作した《M is for Man, Music, Mozart(人間、音楽モーツァルトのM)》、94年のネザーランド・オペラのためのオペラ《ロサ− ある馬のドラマ》に続く3度目のコラボレーションである《フェルメールへの手紙》。フェルメールは、「最初のフィルムメーカーである」とゴダールが言っていたことや、美術を学んだグリーナウェイがその絵画の構成、静寂さ、つつましやかさ、絵のサイズの小さいことなどから以前から大好きな画家であったこと、さらに、オランダのネザーランド・オペラのための作品、しかもオランダを代表する作曲家ルイ・アンドリーセンとの2度目のオペラ共作ということもあり、選ばれるべくして選ばれた題材です。
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オペラ《フェルメールへの手紙》で、アンドリーセンとグリーナウェイが共通して決めた最初の考え方は「神聖な静けさ」。フェルメールの絵画に描かれる家庭内の静けさ、調和、平和を主要なモチーフとし、弦楽器、ピアノ、ハープ、ギター、ツィンバロン、打楽器、チェンバロなどが、17世紀と普遍的な時代を表現しています。オペラはその「神聖な静けさ」と、時代の「騒々しい社会現象」を対比して描いています。
オペラ《フェルメールへの手紙》あらすじ=静かな日常の暮らしとオランダの流血の歴史
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物語は、留守をしているフェルメール宛に、3人の女性たち(妻、妻の母、モデル)がそれぞれ6通書いた手紙を軸として進みます。それと平行して、チューリップ市場の暴落、デルフトの爆薬工場の爆発事故、プロテスタントとカトリックの戦い、デウィト兄弟のオレンジ党員の惨殺、フランス軍の進軍をとめるためにとった堤防決壊などの、オランダにとって破滅的な事件が起こった1674年までの6年間がもう一つの軸になっています。グリーナウェイは、同時に映画《8・1/2の女たち》(来春封切)を監督。男性の幻想的欲望が異なった表現でこの二つの作品に込められています。
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ステージ真ん中に造られた傾斜のあるステージ、それを取り囲む水路、3枚のスクリーン、ホリゾント全体がスクリーン、舞台前面に降りてくる紗幕スクリーン、舞台上下から繋げられるそれぞれ3本の橋−社会現象を表現する時に用いられる−など、映しだされる質の高い映像、舞台技術、さらに多量の水などが、登場するすばらしい女性歌手の力量に加えて、このオペラを非常に優れた作品に仕上げる大きな役割を果たしています。さらに、グリーナウェイの演出意図として重要な要素に挙げられるものは、5つの液体(=手紙を書くために使うインク、絵画にあるミルクを注ぐ女のミルク、誕生日に興奮しさらに注目を集めようと子どもが飲んだニス、戦いで流れる血、そして洪水であふれる水)です。それを象徴するかのように、舞台には常に水が流れ、そして、水は最後にすべてを流し去る役割をも果たしています。
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衣装デザインは、新国立劇場での串田和美演出の舞台や、最近では大島渚監督の《御法度》で活躍するワダエミが担当。グリーナウェイとも映画、舞台で共同作業を続けるワダエミの衣装デザインは緻密で美しく大胆。最初は、フェルメールの描く絵画と色彩も形も全く同じ衣裳が、ドラマが進むうちに灰色、白、黒、そして最後にはフレームだけへと変化していきます。固有性から普遍性を表現するものでもあり、また、フレームの中に女性を押し込めようとする男性の欲望が最後に水によって流れ去ってしまうという、現代に通じる性や普遍性が、衣装を通しても巧みに表現されています。
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そして、ルイ・アンドリーセンの音楽。アンドリーセンは、グリーナウェイの脚本を熟読するうちに、6場からなるこの 構成からジョン・ケージの《6つのメロディ》を思いつき、「神聖な静けさ」がテーマとなるこのオペラに相応しい枠組みとなると思いました。このオペラの音楽は、その《6つのメロディ》が基本的な土台となっています。またケージの《16のダンス》そのものも引用され、ケージへのオマージュが込められています。また、17世紀のオランダを表現するために、スウェーリンクの作品もいくつか引用され、舞台下手に置かれるハープシコード演奏が時代を彷彿させます。さらに、美しいシンプルな音を重ね美しく仕上げるラヴェルの音楽が常にアンドリーセンの意識に存在していたということも興味深いことです。場をつなぐ音楽として、電子音がノイズなどで用いられますが、アンドリーセンの元弟子でオランダの若手作曲家ミチェル・ヴァン・デル・アールがその部分を担当しました。
photos : (c) Hans van den Bogaard
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