展覧会の見どころ
Exhibition
野又穫(1955- )は東京藝術大学デザイン科を卒業し、広告代理店にアートディレクターとして就職、デザイナーとして働くかたわら絵を描き続けていました。描きためた作品を1986年、佐賀町エキジビット・スペースにて初の個展として展示する機会が訪れます。この時期の作品から、野又の画面にはいつの時代のものともしれない謎めいた建造物がぽつりと建っています。作りかけなのか、あるいは朽ちていこうとしているのか。鑑賞者が時空を超えたその世界に入り込み、意識を自由に遊ばせることができるのは野又の絵画の特徴のひとつです。
1990年代に入ると、野又が描く建造物は大型化するとともに、大地と人工物の結合が屹立したような独特の様相を見せます。あたかも動物(人間)が巣をかけたように、自然と建築が渾然一体となった建造物はますます非現実性を帯びますが、一方で懐かしさをも感じさせます。それは人間の生活が大地と不可分に繫がっていた古(いにしえ)の記憶を呼び覚まさせるからかもしれません。
1990年代末から21紀初頭にかけての野又の画面には、船の帆や風車、気球といった、なんらかの機能を備えたような工業的な構造物があらわれます。しかしそれらは誰が、なんのために建てたのか、相変わらず謎めいたままです。この時期に顕著になったのは、流れる空気の存在です。描かれた構造物は、同時に画面に満ちる「気」を描き出しています。自然と人間の拮抗するさまは野又の関心のひとつで、実際の大規模都市開発に着想して人間の欲望を問うた《Babel 2005 都市の肖像》(2005)は、野又の視点を象徴する作品といえるでしょう。
構造物を描きながら画面に気配を生じさせる特徴がもっとも先鋭化されたのは〈光景 Skyglow〉(2008)のシリーズでしょう。構造物そのものは闇にまぎれ、煌々と放たれた光が主題になっています。この数年後に起こった東日本大震災は、野又の制作に大きな影響を与えました。これまで幾度となく描いてきた建造物が、圧倒的な自然の力によって破壊されるさまを目にした野又は、一時キャンバスに向かうことができなくなりました。この時期に制作されたのが〈Square Drawing〉(2011-15)です。大切なものをひとつひとつ確かめるように描いたこのシリーズを経て、野又の絵画は最新作「Continuum」、すなわち様々な要素や出来事の集合、連続としての全体像へとたどり着いたのです。
*年表記は全て発表年