本展に寄せて:メッセージ
Messages to the Exhibitions
青木淳
表と裏、あるいは図と地。
そのなめらかな反転をつくりだすことに拘った時期があった。
表と見えていたものが、いつの間にか、裏にひっくりかえる。
と、思う間もなく、表にもどる。
これがあれを定義づける。
あれがこれを定義づける。
その無限循環。
それは、外部を必要としない、認識の永久運動。
ひとつの、純粋な自律、と言ってもいい。
たった2つ並べることでも、そんな奇跡を起こすことができる。
ペア、という2つの並びもある。
あるいは、対称配置。
ゆっくりと、目を動かす。
右から左に。あるいは、左から右に。
すると、いま見たものに、再び、出会うことになる。
似ている。でも、同じではない。
その不気味。
繰り返されると、自然に、対の相手を探すようになる。
見ることに、意志が忍び込みだし、運動がはじまる。
ところが、ふと、対象から離れて、全体を一望すると、
そのとたんに、腑に落ちる。
なあんだ、ペアだったんだ、と。
対象そのものではなく、関係がつくる世界がある。
モノとモノとの間に張り巡らされる関係を「空間」と言う。
そして展示とは、作品と作品との間に関係、つまり空間を築くこと。
さらに展覧会は、その関係を観客が、意図通りに、あるいは意図から逸れて、把握する場。
つまりあなたは、展覧会で、展示が張った空間上に、もうひとつの空間を張る。
そのあなたの行為を、もうひとりのあなたが見ることができたら、
さらに空間は、千々にばらけ、そして輻輳するだろう。
たとえば、薄明かりのなか、誰かががペンライトで作品を探りながりまわるのを見る、とすれば。
輻輳する関係の海のなかで、作品は溺れだす。
関係の綾が増すばかりだから。
それを、あなたの目が、助けようとする。
作品にそもそもあったが見えていなかった姿が見えてくる。
それは海が洗い出した姿なのかもしれない。
それとも、海がつくりだした幻影なのかもしれない。
そのあわいのなかに、展覧会はある。
青木淳(あおき・じゅん)
建築家。建築設計事務所「AS」を品川雅俊と主宰、東京藝術大学建築科教授、京都市美術館館長/1956年横浜生まれ。主な作品に「青森県立美術館」、「大宮前体育館」、「三次市民ホールきりり」、西澤徹夫と共働による「京都市美術館(通称:京都市京セラ美術館)」、ルイ・ヴィトンの一連の店舗など。日本建築学会作品賞(1999年、2021年)。芸術選奨文部科学大臣新人賞(2005年)。毎日芸術賞(2020年)。著書に『フラジャイル・コンセプト』、『JUN AOKI COMPLETE WORKS』(1・2・3巻)、『原っぱと遊園地』など。
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