会場構成
Chapters
Chapter 1 自然にかえりたい
人類最初の衣服は、自然界からもたらされました。その記憶を引き継いでいるのか、私たちは毛皮の肌触りと温もりに酔いしれ、鳥の羽根で着飾り、色とりどりの花々に身を包みます。文明や技術が高度に発達した今日においても、自然に対する憧れや敬愛、身にまといたいという願望から多種多様な衣服が生み出されています。本展の始まりを飾るチャプターとして、歴史の各時代に現れた動物素材や植物柄のファッションを展示。華やかな花柄が刺繍された18世紀の男性用ウエストコート、20 世紀前半に流行した鳥の羽根やはく製が飾り付けられた帽子、毛皮不使用や環境保護を標榜するエコファーのコートなどに加えて、人間の毛髪を素材とした小谷元彦の作品を展示します。

ベレー
1946年頃
撮影:林雅之
©京都服飾文化研究財団

コート
1988年秋冬
撮影:来田猛
©京都服飾文化研究財団
Chapter 2 きれいになりたい
日々、美への憧れや挫折に翻弄される私たち。顔より大きく膨らんだ袖、締め上げられてS字型になったウエスト、歩きにくいほどに広がるスカート。「きれいになりたい」という願いは、ときに偏執的ともいえる造形への欲望を伴い、衣服の流行をつくりあげてきました。このチャプターでは、19世紀の身体美の要を担ったコルセットや、布地の芸術作品として卓越した造形で魅惑するクリストバル・バレンシアガなど20世紀中葉のオートクチュール作品を中心に展示します。ヨウジ・ヤマモトやジル・サンダーなどの彫刻的な現代ファッションとともに、衣服のかたちに現れた多様な「美しさ」の創造力をご紹介します。

イヴニング・ドレス
1951年冬
撮影:畠山崇
©京都服飾文化研究財団

イヴニング・ドレス
1951年春夏
撮影:来田猛
©京都服飾文化研究財団
Chapter 3 ありのままでいたい
社会の中でさまざまな役割を担いつつ生きる私たちの、「ありのままでいたい」という願望。遠く18世紀に自然主義を唱え、「ありのままの自己」の表現を希求したジャン=ジャック・ルソーの理想は叶わぬ夢なのでしょうか。このセクションでは1990年代以降にプラダやヘルムート・ラングらが牽引した、自然体のリアルな体を主役にするミニマルなデザインの服や、ミニマル・ファッションの究極系とも表現できる、いわゆる「下着ファッション」を中心に展示します。展示された服は、身近な友人との日常を切り取ったヴォルフガング・ティルマンスの写真や、現代社会を生きる女性のリアルを描写した松川朋奈の絵画と響き合います。

《それでも私が母親であることには変わりない》
2018年
個人蔵
撮影:加藤健
©Tomona Matsukawa courtesy of Yuka Tsuruno Art Office

ドレス
2021年秋冬
撮影:来田猛
©京都服飾文化研究財団
Chapter 4 自由になりたい
国籍や階級など、さまざまなアイデンティティにより形成される「私らしさ」。そんな「らしさ」のお仕着せから逃れたい願望は、ときに衣服に託されます。ヴァージニア・ウルフは小説『オーランドー』(1928年)において、300年の時の中で性や身分を越境する主人公の変身譚を、度重なる衣服を「着がえる」描写とともに著しました。このチャプターでは、アイデンティティの変容を描いた本作に触発されたコム・デ・ギャルソン2020年春夏コレクション、コム・デ・ギャルソン オム・プリュス2020年春夏コレクション、川久保玲が衣装デザインを担当したウィーン国立歌劇場でのオペラ作品《Orlando》(2019年)の「オーランドー」三部作を一挙に紹介。異なる時代に制作された文学と衣服に通底する、アイデンティティの物語への普遍的な問いかけを探ります。

トップ、パンツ
2020年春夏
撮影:来田猛
©京都服飾文化研究財団
Chapter 5 我を忘れたい
こんな服が着てみたいという願望、あの服を着たらどんな気持ちだろうという期待、はたまた欲しかった服に袖を通したときの高揚感。トモ・コイズミによるフリルとリボンを用いたモビルスーツのような愛らしい作品や、ロエベによるまるで唇に私の身体が乗っ取られてしまったかのような作品は、こうした服を着ることの一瞬のときめきや楽しさを伝えてくれます。服は私たちに魔法をかける(服が私たちを魅了する)。ただ、そんな服もある瞬間には急に色褪せてみえ、私はまた別の新しい服を求めてしまいます。AKI IMONATAの《やどかりに「やど」をわたしてみる》に登場する「やど」を着がえるヤドカリたちに、私たちは人間の際限のない欲望の姿を仮託し、あるいはより深い生物の本能のつながりをみているのかもしれません。

ジャンプスーツ
2020年春夏
撮影:来田猛
©京都服飾文化研究財団