戦後の日本の音楽は欧米の戦後音楽と連動して進行します。終戦時に10代から20代の青年であった日本の若き作曲家たちの関心は、伝統的な「西洋音楽」に懐疑的な欧米の前衛音楽家、シェーンベルク、メシアン、J.ケージらに向けられました。1951年に結成された武満徹らの実験工房や、57年の柴田南雄らによって設立された二十世紀音楽研究所が試みた研究と実験を通して、作曲家たちは自らの音楽語法を形成すると同時に、「日本の音楽」を世界の音楽のひとつとして自由に捉え返す契機を掴もうとしたのです。
戦後から今日に至る音楽の歩みは、創作においても演奏の領域でも、日本の音楽が世界の音楽活動の重要な位置を占めるに至った道程を示しています。本章では戦後の焼け跡の時代から今日に至る音楽の変遷を、国境を越えて活躍する作曲家たちの個性あふれる創作とともにたどります。